世界初の「血の出ないメス」が手術を変える

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2016.11.29 Tue.  木原洋美

外科手術に革命を起こす

外科手術はある意味、出血との戦いだ。出血を最小限にくい止め、出血が起きた場合いかに迅速かつ手際よく止血し得るかが手術成功のカギを握るといっても過言ではないだろう。

切離と同時に止血が出来る血の出ないメス=いわゆる電気メスは、そうした医療現場のニーズに応えて誕生し、今やそれなしには外科手術が成り立たないほど、重要な医療機器になっている。

ただ、高周波や超音波を用いる従来の電気メスには、改良すべき点が多々ある。
両者とも、切離する箇所の組織表面を加熱することでその機能を果たすため、加温のON-OFFスピードは遅く、組織は焦げ易く、周辺にも熱損傷を与えてしまう。電気メス使用中のオペ室には、ホルモン焼き屋のような肉の焦げる臭いと煙や湯気が漂い、切離部分にできた焦げは、剥がれる際に再出血の原因にもなる。煙やミストはしばしば視野を妨げ、手術の手を止めさせ、健康問題にもなっている。

滋賀医科大学バイオメディカル・イノベーションセンターの谷徹名誉教授等が開発し、大手医療機器メーカーの日機装(甲斐敏彦社長)が製品化を手掛けた「Acrosurg.(アクロサージ)」は、こうした従来の電気メスの欠点をことごとく解消した、新しい手術器具。その名は、ギリシャ語で『最高の』を意味する『アクロ』と『外科』を意味する『サージ』から命名された。

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マイクロ波を活用した外科手術用エネルギーデバイス「アクロサージ」(ハサミ型)

従来品との最大の違いは、電子レンジや携帯電話と同じマイクロ波を利用することだ。マイクロ波を用いる製品は、1981年に針型で実用化されているが、ハサミ型と鑷子(ピンセット)型は世界初。単に形状が新しいだけでなく、外科手術の在り様を一変させる力があると、開発陣は確信している。

「かつて輸血の登場は、外科手術に革命を起こしました。アクロサージは、輸血不要の手術を可能にするでしょう。手術が身体に及ぼすダメージを最小限にすることで、身体の回復が早くなり、入院日数も短くなります。ほかにもメリットは枚挙にいとまがありません。電子レンジが台所に革命起こしたように、アクロサージは手術に革命を起こすでしょう」

製品化の指揮を執った日機装の木下良彦メディカル事業本部長はそう語り、一方谷も、「アクロサージでしかできない新規術式も開発できる」と期待する。

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滋賀医科大学バイオメディカル・イノベーションセンター 谷徹名誉教授

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日機装株式会社 木下良彦メディカル事業本部長

外科医の「あったらいいな」を実現

アクロサージは、電子レンジと同じ2.45GHz帯のマイクロ波を使い、生体組織を焼灼することで止血する。生体組織の水分子にマイクロ波が直接作用し、水分子が発熱するので、生体組織の外側だけでなく内側からも加熱される点で、高周波や超音波とは大きく異なる。

加熱部分の温度は、高くても100℃を少し超える程度。生体を焦がす心配もなければ、煙も発生しないのだ。

谷らは、こうしたマイクロ波の特性に独自の技術を掛け合わせることで、外科医にとっての「あったらいいな」の数々をアクロサージで実現させた。

「焼灼によって発生する煙やミストで視野が遮られる。ミストが消えるまでの待ち時間がもったいない」

⇒ 少量の水蒸気は発生するものの、視野はじゃまする煙霧でない。
⇒ 手術の安全性、スピードアップ

「普通のハサミや攝子を使うのと同様のスピードで、切離や剥離と止血が同時に出来たらいいのに」

⇒ 普通のスピードで、ストレスなく切離、剥離が行える。しかも止血箇所にかかる圧力に従来品との遜色はなく、止血力は高い。直径5㎜の脈管まで問題なくシーリング(組織同士をくっつける事で糸を使わずに血管を止め、出血を防ぐ)できる。アクロサージによる脈管や組織を封止する強度(封止圧)は、血管の場合で1000mmHg前後の封止圧を実現しており、従来型のクリップや、糸での結紮と同等レベルである。
⇒ 手術スピードアップ

「手術用メスや電気メス、鉗子、そして従来型の高周波や超音波を使う外科手術用エネルギーデバイス、クリップ、縫合針、糸などさまざまな手術器具を、術中に持ちかえるのは面倒」

⇒ アクロサージは、皮下組織の切離、組織・癒着の剥離、臓器・組織の切離・止血、脈管切断・封止まで、器具を持ちかえずに行える。
⇒ 手術スピードアップ

「従来品は、温度が上がり過ぎるので30秒ぐらいしか連続使用できないと使用説明書にある。もっと長時間、連続で使いたい」

⇒ 分単位で連続使用できる。手術の流れを途絶させない。
⇒ 手術スピードアップ

「神経周辺の手術の際、従来品は電気が流れると周りの組織がピクッと動く。あれがなければ手術はもっとやりやすいのに」

⇒ アクロサージは、電流が流れないので、まったく痙攣しない。
⇒ 手術スピードアップ

「切離箇所は焦げるし、周辺組織に与える熱損傷も小さくはない。もっと熱損傷を減らせないだろうか」

⇒ 焦げない上に、組織の焼灼による損傷範囲も施術断面の両側1mm程度に押さえられている。
⇒ 不要な組織障害減、回復スピードアップ

「従来品は、リンパ管の封止が不完全なため、リンパ液が漏れて、がん細胞の播種・再発につながる」

⇒ 封止が完全にできるので、リンパ管断端からのがん細胞の漏れが阻止され、再発の原因を残さない(滋賀医科大学のデータ)
⇒ がんの予後改善

壮大な構想のブランチとしてスタート

谷がアクロサージの開発にとりかかったのは10年ほど前。自ら創案し、推進してきた産学官オープンイノベーション構想の1ブランチとして、「マイクロ波を使う手術器具の開発」を思い立った。

構想の根幹にあるのは「MR画像誘導下手術システム」。放射線被曝の無いMRI装置を術中モニターとして用い、位置トラッキングセンサーにより手術器具の位置をモニタリングしながら手術が施行できる手術システムだ。

X線透視やCTと違って被曝しないため、MRIによるリアルタイム画像を連続して長時間術者に対し提供することができる。

「身体の深部構造を3次元に構成して、リアルタイムで見て判断し、手術ができます。血管の区別もできますし、温度も組織変化も画像化して表示される。同様の研究に取り組んでいる有名大学はたくさんありますが、リアルタイムに行えるシステムは我々が世界で初めて開発に成功しました」(谷)

実はアクロサージは、この手術システムの開発のために誕生した。
MR画像下では、高周波も使えないため、MRと干渉しないマイクロ波の手術器具がどうしても必要だったのだ。

「とはいえ、『MR画像誘導下手術システム』を世に出すには、まだまだ時間がかかります。マイクロ波器具は一般の手術器具として世に出す方が、多くの現場で、早く使っていただけると考え、アクロサージだけを先に事業化しました」(谷)

マイクロ波を用いる医療器具は、針型が既に日本の企業によって製造販売されていたが、それ以降新規器具の開発は進んでいなかった。

「企業の方針ですね。そこはもともと主たる事業が別だったので、機械の開発はほとんどやる方針でなかった。だから我々もチャンスがあった。そこにいらしたご高齢の研究者は僕の話を聞いてすぐに意気投合して、手を貸してくれました。彼は早くからマイクロ波の有用性に着目しており、いろいろなことをやりたいと思っていたのです。お陰で、試作1号機ができました」(谷)

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谷が開発した試作1号機

それから10年、何十代もの試作品を経て、アクロサージは現在の形に至った。

「でも、実際の延べ時間は5年ぐらいですかね。最大の難関は、パートナー企業探しです。最初に組んだのは、日本で唯一マイクロ波の器具を作っている企業でした。しかし同社は、事業計画として器具を作る方針はなく、途中で降りてしまった。
それでも我々は、いいものができたと喜んで、あっちこっち宣伝に行ったのですが、一緒に開発した企業が売らないのはどういうことだ、なんかあるだろうと言われ、中々信用されませんでした。それがずっと尾を引いてしまいました。今は、その企業も、製品開発を進めていますが」(谷)

結局、その企業の元役員を、谷が率いるベンチャーの社長に招き、説明に回ってもらうことで誤解は消せた。しかしその後も、パートナー探しは難航。「海外の企業と交渉して、4年がかりで提携の話を進めるも、実を結ぶことはなかった」という事態も経験した。

「素人が海外の企業と交渉するのは難しいものです。上手く運んでいれば、実際には10年かからないで世に出せていたかもしれません。機器の能力とは関係ないところで遅れて行きました。
やはり大学人がベンチャーをやっても、なかなか上手くいかないですね。僕も教授をしていましたから、企業はいい返事ばかりくれる。でもそれは本心ではない事がある。
企業トップの方々は、社員・職員の生活がかかっているから、そんな甘いことはできない。今頃になって分かってきました。
我々は研究開発にそこまで責任を負っていると言えません。患者さんには責任を負ってきたつもりですけどね」(谷)

「ほどよい切れ味」を追求

2012年、谷と日機装は手を組み、アクロサージの製品化にとりかかった。日機装は、国内シェア50%超の血液透析装置を中心に展開する医療機器メーカーだが、近年になって急性血液浄化療法(CRRT)や、人工すい臓による血糖管理など、急性期医療の事業も手掛けるようになっている。

「谷先生は、外科関係の医療機器に限らず、医療材料などさまざまなものを開発し、特許を取得(滋賀医科大学として取得)されている有名人で、以前から存じ上げていました。そんな中、学会で、マイクロ波を用いた手術器具に関する発表をされているのを聴き、感動しました。メーカーの人間として、これはイケルという直感が働いたのです」

製品開発を担当した日機装 メディカル事業本部市場開発部の浅野拓司部長は、そう振り返る。
製品化の過程で、特に試行錯誤を繰り返したのは、アクロサージの指先に当たる、先端部分のすべてだ。

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特許が詰まったアクロサージの先端部分

従来型の超音波や高周波を使う器具は、組織を挟んだりつまんだりすることができるくちばし型。くちばし型の部分で組織を挟んで焼き切るというイメージだ。

これに対してアクロサージのハサミ型は、マイクロ波で組織を焼灼することで、止血すると同時に切り裂いていくというイメージになる。また鑷子型は、ピンセット先端の片側にマイクロ波のアンテナとアースの役割を果たすツインバイポーラで、ピンセットの両端で挟み込まなくても、ピンセット先端の片側でなでるだけで組織を焼灼し、しみ出した血液等を止血することができる。

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アクロサージ 鑷子型

「マイクロ波の照射をハサミ型と鑷子型の先端部だけにとどめながら組織を焼灼できるようにする技術が開発の成功につながりました。刃と刃の間の、限定的な部分にだけマイクロ波を飛ばすことができます。
基礎技術を、谷先生があらかじめ確立されていたお陰で、早期に製品化することができました」(木下)

ほどよい切れ味にたどり着くまでも試行錯誤した。

「単純に、手術用のハサミを作るだけなら切れれば切れるほどいい。でもアクロサージは止血できなければいけないので、血管を平たく挟めるようでなければいけません。ハサミの先端が鋭利過ぎると、挟んだそばからスパッと切れてしまう。そのせめぎ合い。万事において、トライ&エラーの連続でした」(浅野)

製品を育てる喜びを持ち続ける

谷がアクロサージ以前にも、さまざまな発明をしてきたことは先にも述べた。中でも、世界的に知られているのが東レ・メディカル株式会社との共同研究によって生み出した血液浄化器(製品名「トレミキシン」)である。生産・販売を開始したのは1994年で、なんと20年以上も前になる。

「これまで、10数万人の重症敗血症患者さんの治療に使われてきました。当初は5年で競争相手があらわれると思っていましたが、意外なことに、未だ登場していません。欧米でも広く普及しており、本製品に関する論文は1000点を超えています」(谷)

これはつまり、それだけ製品の完成度が高く、また独創的であった証しであろう。日本における産学連携のレジェンドと呼んでも過言ではないかもしれない。

ところで、かように華々しい実績を残してきた谷だが「アイデアマンと呼ばれるのは嫌ですね」と語る。

「アイデアというと、何か天から、努力もなしに閃きが降ってくるような印象がありますでしょ。でも、僕はそうではないんです。常に、患者さんへの低侵襲と医療現場の労働環境を改善するには何が必要かという考えを持ち続けているからこそ、アイデアにもたどり着けるし、問題を解決するヒントに気づくこともできると思うのです」(谷)

その言葉の背景にはやはり、積年の努力と苦労があるのだろう。さらに谷は続ける。

「文科省は、医療における産学連携の推進を提唱していますが、僕みたいに医者(臨床)以外の仕事をするのはただ忙しさが増すだけです。経済面だけを考えるなら、医者だけやっているほうが安易で楽だと思われます。
しかし僕には、患者さんへの低侵襲の実現と医療現場の労働環境を改善したいという目標がありました。だから教育者として、学生諸君には、製品を創造し、育てる喜びを教えてきたつもりです。『出来の悪いデバイスだけど、こうすればよくなる』とかね。工夫し、見守っていく寛容性がないと、メーカーとのコラボレーションはできません。
一方、工学部と組む場合には、彼らが何を目的に我々とコラボするのかを明確にしておく必要があります。『自分たちはこんな技術を有しているが、これを何かに活かしたい』といった技術優先の考えしか持たない相手とは上手くいきません。
お互いに、コンセプトをしっかり持っていることが大事です。コンセプトは現場から生まれます。
我々は、ハーバード大学ともコラボレーションしていますが、彼らは『臨床現場の声を聞け』ということを徹底してくれていますよ。
日本の企業も工学部も上手くいかない事例は、技術さえ優れていればなんとかなるだろうと思っている場合があると思います」(谷)

今後は脳、鏡視下、災害現場へ

2016年7月28日、日機装は谷と共に東京都内で会見を開き、「アクロサージを製品化した」と発表した。同年5月に厚生労働省から製造販売承認を受けており、この9月から国内の6医療機関で、約30の症例に対して臨床試用を開始。2017年1月から販売を始め、2021年に年間売上高50億円を目指すという。

「まず、直腸下手術用で国内向けに展開します。2019年には国内の直腸下手術用市場の20%に当たる20億円、2020年には同25%に当たる33億円まで伸ばす。そして2021年には、鏡視下手術用の製品投入と、一部海外展開を開始し、売上高50億円とする計画です。2025年までには世界展開を進め、外科手術用エネルギーデバイス4強の1角として、シェア25%に当たる1000億円の売上高を実現したい」(浅野)

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日機装株式会社 メディカル事業本部 市場開発部長 浅野拓司氏

一方谷も、脳外科、鏡視下手術の他、整形外科、歯科のインプラント手術、災害・事故現場用の携帯器具、手術支援ロボットへの装着等、幅広い領域での使用をめざし、開発を進めている。

「今一番、アクロサージを導入して欲しいのは、胃がん手術です。最も多い胃がんの転移はリンパ節転移で、早期がんでも起こります。リンパ行性転移は、かなり遠くまで広がっていなければ、手術でがんと一緒に胃の周りの転移しているリンパ節をすべて切除することによって、治る可能性があります。ただその際、切除したほうのリンパ管もくくればよいのですが、普通はくくりません。すると、そこからがん細胞が漏れて、再発の原因になる可能性がある。
漏れないようにすることは、従来の電気メスではできません。アクロサージで封止するのがベストです。日本で、胃がん手術の成績が最もいい病院でもステージ3Aでの5年生存率が67%ぐらいのところ、こぼれ落ちた癌細胞を処理できる温熱化学療法を施した我々滋賀医科大学では100%です。ご存じないでしょうが」(谷)

2017年まであとわずか。長さ20数㎝、重量500gにも満たない小さな手術器具が、世界の外科シーンに革命を起こそうとしている。

(文中敬称略)

Writer Profile

木原洋美 Hiromi Kihara

医療ジャーナリスト

週刊現代『日本が誇るトップドクターが明かす』(講談社)、ダイヤモンドQ『がん 心臓病 脳卒中 備え方・付き合い方』(ダイヤモンド社)、ドクターズガイド(時事通信社)等、雑誌・ムック本を中心に企画・取材・執筆を多数手掛けている。ダイヤモンドオンライン(ダイヤモンド社のWEB)コラム好評連載中。

 

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