すべてはここから始まった――日本の医療機器開発を拓いた人工心臓「エヴァハート」

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2016.12.20 Tue.  木原洋美

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神が仕掛けたミステリー

人体にはしばしば、神が仕掛けた“ミステリー”としか思えないような構造が隠されている。

たとえば胸骨の裏側にある「内胸動脈」。主に肋間筋を還流しており、これをはがしても特にその後人体への影響はないことから、「なんのためにあるのか判らない存在」のように思われていたが、いまや冠動脈が詰まった際のスペア血管として重要な役割を果たしている。

もしや神は、いずれ人類が長生きできるようになった時、冠動脈が詰まってしまう事態を想定し、内胸動脈を忍ばせのではないか。「気づいて、謎を解くことができたら、命を長引かせて進ぜよう」と。

国産初の体内埋め込み型補助人工心臓『エヴァハート』の生みの親として知られる山崎健二(東京女子医大心臓血管外科主任教授)も、1989年、その独創的なアイデアを思いついた瞬間、神様からのメッセージを受け取ったのかもしれない。

「心臓の筋肉は非常に厚いが、心尖部(心臓の先端)だけは皮一枚なのです。そこは神様が人工心臓を入れるために空けておいてくれた場所のように私には思えました」

29歳、入局5年目のことだった。

学内において、当時の主任教授小柳仁のもと「世界人工心臓シンポジウム」が開催され、スライド上映係を担当していた彼は、ある発表に衝撃を受ける。

それは、脚の付け根の動脈からカテーテルを心臓の左心室まで通し、カテーテルの先端に極小のスクリューをつけて血をくみ出し、心臓の働きを補助するヘモポンプの発表だった。当時は、人工心臓は拍動型、つまり心臓と同じようにドクドクと脈打つタイプというのが常識。拍動せず、一定の速度で血液を流すポンプは、ありえないことだった。しかも毎分2万5000回転もしているのに、血球破壊を起こさないことにも驚かされた。

そこで「ふと、思いついた」。

「今までのような拍動型のポンプではなくて、小さなスクリューのような回転型のポンプを作り、それを心尖部に植え込んで血液を流してはどうだろう」と。しかし、「自分は人工心臓に関しては素人。既に誰かが同じような発想をしているはず」と思い直し、2日間の発表を注意深く聞いていたが類似のものはまったく登場しなかった。

「学会終了後、文献も調べてみましたが、やはりそれらしいものは見当たりませんでした。それで、もしかしたらまったく新しいアイデアかもしれないと思い、小柳教授に相談したら『おもしろい、すぐ特許をとりなさい』と勧められたのです」

日本では、国産の拍動型第一世代の体外式補助人工心臓が、ちょうど治験に入るタイミングだった。

「ただ当時、人工心臓が取り付けられるのは、もはや手術しても回復の見込みのない患者さんばかりでした。ひとたび装置が取り付けられると、胸が開かれた状態のまま麻酔を施され、出血等の合併症のため何度も手術室を行ったり来たりしながら、結果的に一度も目を覚ますことなく亡くなっていました。
私は新入医局員として、そうした患者さんたちの治療に当たりながら、焦燥と落胆の日々を送っていたのです。正直、なんてつらい仕事だろうと思っていましたし、どうしたら助けてあげられるのだろうかと毎日考えていました」

無力感に苛まれる日々があったからこそ、「ふとした思いつき」にこだわり、研究開発に着手したのである。

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東京女子医科大学 心臓血管外科 主任教授 山崎健二医師

しかしなぜ、拍動型ではなく、「回転型」のほうがいいと確信したのだろうか。

「拍動型は、血液を入れる袋があって、入口と出口に人工弁を取り付けます。送りだせる血液の量は、1回に送りだす血液の量と1分間の拍動回数によって決まるので、必然的に袋は大きくなるし、金属やセラミックのような形状が変化しない素材は使えません。プラスチックやゴムの膜のような素材にしなくてはならず、結局耐久性にどうしても限界がある。持ってもせいぜい1、2年でしょう。
だけど回転型なら小さくできるし、軸の回転数を増やせばいくらでも流量が出ます。人工弁もいらない…。ということで、本当に5年、10年の長期持たせて、しかも体の中に飢えても負担にならない装置にするのなら、回転型だと直感的に確信したんですね」

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