院内ポリスが伝授する モンスターペイシェント対策

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2016.12.05 Mon.  木原洋美

基本 RGB

急増するモンスター患者

2016年9月に起きた『大口病院事件』(何者かが点滴に混入した界面活性剤によって、入院患者2名が死亡した事件)をきっかけに、病院の治安対策が見直されている。

本来病院は、どこよりも安全が確保された場所であるべきなのだが、現実は、普通の市街地と同等か、それ以上の危険が潜んでいることを、医療関係者は認識するべきだろう。

たとえば急増中のモンスターペイシェント(現場の医療従事者や医療機関に対して理不尽な要求をしたり、脅しや暴言・暴力などを振るったりする患者やその家族)の問題。ある調査によると、モンスターペイシェントに対応した経験があると答えた医師は7割近くにものぼり、なかには「月に1度以上」という医師も1割強存在する。

それでも、医師はまだマシかもしれない。

患者とより身近に接する職業である看護師の場合、日常的にモンスターの脅威にさらされ、ストーカーや暴力行為の被害を受け、退職に追い込まれるケースが少なくない。

「病院は一つの街。食堂もコンビニもあるし、消防署的な部署もある。犯罪も起こり得るのだから、院内交番のような機能も必要なのではないでしょうか」
と語るのは、病院における防犯のスペシャリスト横内昭光氏だ。

横内氏は元警視庁捜査一課管理官(殺人捜査担当)。定年退職後、東京慈恵会医科大学に招聘され、全国の大学病院では初となる“院内交番”と呼ばれる24時間体制の渉外室の初代室長に就任した。その活躍に対する評価は高く、現在、“院内交番”は、全国の国立病院、大学病院等に普及し、約300人の警察OBが活躍している。

病院内外で起きている犯罪の実態と対策について話を聞いた。

他人事、性善説では対応できない

―― 慈恵医大に勤務されたのは2004年からですね。当時も既に、モンスター患者等の問題はあったのでしょうか?

端緒ともいえる事件は、1994年に起きています。精神疾患で通院歴のある男のヘルニア手術をした医師が、「医療ミスがあった」「人体実験をされた」などの思い込みから付きまとわれ、射殺されるという事件がありました。

2004年に私が慈恵医大に招かれた時には、「青戸事件」(注:前立腺がんで腹腔鏡手術を受けた患者が、2002年12月に死亡。担当医ら3人が業務上過失致死罪に問われ有罪になった事件)が発生し、過熱したマスコミ報道に誘発されて、同院はおびただしい数のクレームとモンスターペイシェントの脅威に晒され、存亡の危機に直面していました。対応に疲れ果て、職員が次々と辞めて行く事態が生じていたのです。

―― 事件や不祥事があると、クレームやモンスターペイシェントも増えますか?

そうですね、病院に対して不信感を抱く患者さんが増えますし、医療従事者の弱気につけ込んで、「お金をとってやろう」という輩が増えるのも事実です。大口病院の事件は、他の病院にも、悪い影響を及ぼすでしょう。

―― モンスターペイシェント絡みの犯罪にはどのようなものがありますか?

多いのは悪質なクレームですね。外来と入院患者では違いがあって、入院患者の場合は、入院費の減額や、払いたくないという狙いから、「病院食に髪の毛が入っていた」といったクレームを何度も繰り返したりします。明らかに「いいかがり」です。一方外来では、待ち時間の長さや対応の不親切さに対するクレームから、お金を要求されたり、いやがらせ等に発展することが多いようです。

モンスターペイシェントによる傷害・殺人事件も少なくありません。入院中の男性が暴力団の組員に人違いで射殺された事件や、余命宣告されたがん患者が自暴自棄になり、看護師らを道連れとして殺害したこともありました。
ほかにも次のような事例等、たくさん起きています。

  •  2013年8月 精神科医師(当53歳)死亡 (北海道)
  •  2014年7月 女医(30歳)ナイフで刺される(千葉県)
  •  2014年8月 男性医師(50歳)ナイフで刺される(北海道)
  •  2014年10月  医師殺害目的でナイフ所持(愛知県)
  •  2014年11月  火炎瓶5発投下事件(東京都)

――― 障害や殺人事件に、共通していることはありますか?

精神病の方は別ですが、一般的な人が罪を犯す際には、必ず前兆があります。
クレームや不満をぶつけている間はまだ、凶行には及びません。しかし凶器を持ってくる頃になると、言葉には発せず、「俺の命を助けてくれ」とか、「どうして話しを聞いてくれないんだ」と、目で訴えてくるようになります。これが前兆。

その時点で納得の行く対応をしてもらえないと、殺意が芽生え、準備を始めます。次の外来の時には凶器持参、となる。

――前兆を見逃さないことが大切ですね。

そうですね。しかし、医者の先生方は被害者になる可能性が高いにもかかわらず、意外と他人事で、危機感が薄い傾向があります。
患者さんの目を見ていないのでしょうね。診察の際にちゃんと見ていれば、敵意の有無は、すぐに感じるはずです。「先生はパソコンの画面ばかり見て、患者の顔を見てくれない」と不満を口にする患者さんは多いですよね。

前兆を見逃してしまう理由の2つ目は、性善説が基本にあることです。医療従事者は、相手が反社会勢力だろうが誰だろうが関係なしに、目の前の患者さんを治すことに集中しますよね。この患者に殺されるかも、と疑っていたら診療は出来ません。看護師さんもそうでしょう。それは素晴らしいことですが、危険を伴います。

――院内で、トラブルに巻き込まれやすい職種はありますか?

やはり、患者さんに一番近くで接している看護師さんですね。クレームや暴言、セクハラのほか、ストーカーのターゲットにされることも多いです。ある看護師さんは、次のように述べています。


もっと看護師の声に 耳を傾けて(看護師経験5年目)
どんなことでも患者の人権のことばかり優先されて、看護師の人権は無視されているように感じる。何を言っても、「患者さんはこう言っている、あなたの対応が悪かったのでは、仕方がないじゃないか」という言葉で終わってしまう。
患者から受けた行為で傷ついているのに、その後の対応でもっと傷ついてしまう。患者から何をされても仕方がないといった考えは本当にやめてほしい。時々あることないことまでも言う患者もいる。だからちゃんと私たちの言葉にも耳を傾けてほしい。私はこうした声をきっちり受け止め、守ってあげたいと思っています。


――ほかにはどんな犯罪がありますか?

窃盗犯(泥棒)ですね。窃盗犯にとって、病院ほど仕事しやすい場はありません。検査などでベッドから離れたら、しばらくは戻ってこないことがわかっていますし、病室は基本的に出入り自由です。どこに貴重品があるのかも一目瞭然、セーフティボックスに入れて鍵をしても、ドライバー1本あれば簡単に開けられますからね。まさに“窃盗犯の修業の場”です。

背景には、権利意識の高まりも

――モンスターペイシェント急増の背景には、どのような理由があると思いますか?

1つは、インフォームド・コンセント(医師は患者に診療の目的や内容を十分に説明し、患者の同意を得なければならない、という概念)が普及し、患者の権利がより守られるようになったことが挙げられます。それ自体はよいことですが、増長し、理不尽なほどに主張する患者さんが現れた。「患者様」という呼び方が登場したこととも関係していると思います。

あとは、医師や病院側の対応のまずさもあると思います。

慈恵医大に詰めるようになってからの1年間で、院内交番や総務課等で対応したクレーム304件の内容を調査してみました。すると内容別で最も多かったのは、病院側の言葉が足りないケースなど、インフォームド・コンセントに関係するものでしたが、その次に、医療者の態度・言葉が続き、三番目に処置・手技に関するものが多数を占めていました。

――病院側にも原因はあるということでしょうか?

否定できませんね。たとえば、「医療費の計算ミスを指摘したのに、謝罪の言葉がなかった」とかね。ミスがあったら素直に謝ればいいのに、それができていないこともあります。
病院は、慣れない人間にとっては難しい場所。どこで受付したらいいのかからして判りにくいし、待ち時間も長い。特に高齢者の場合、複数の診療科にかかっていることが多いので、大変さは数倍にもなるでしょう。看護師に尋ねようにも、「忙しいオーラ」全開で、取りつく島がない。

病院側は、こうした患者さんの身になって、対応する姿勢が必要だと思います。案内する際には、「はじめてきた人だと思って」対応し、医療的な説明は、「中学生でも理解できるように」話すべきです。

大切なのは、毅然とした態度と思いやり

――どうすれば、悪質クレームやモンスターペイシェントから職員を守ることができるでしょう?

誠意ある対応も重要ですが、できないことは、「できない」ど、毅然とした態度で臨むことも重要です。そのためには、対応マニュアルの作成や、警察・弁護士への相談ルートの確保など、毅然とするための環境づくりも必要ですね。

無論、防犯システムや警備の充実も考えられますが、兆しを見逃さず、速やかに手を打ち、対応することも重要だと思います。

そのために重要なのは、患者さんの目を見て話す、院内で困っているような人や見慣れない人を見かけたら声をかける、ミスや不備を指摘されたら素直に謝る、相手の立場になって思いやりの言葉をかけてあげるなどの、基本的なコミュニケーションです。

ある統計によると、患者さんが怒らずに待てる時間の目安は40分まで。そこを過ぎると怒り出す人が急に増えるそうです。「○○先生の待ち時間はあと何分」と表示するだけでは不十分。長く待っている患者さんには「今、こういう状況です」と誰かが声をかけ、診察室に入ったら、先生も「またせてごめんね」と一言謝る。それだけで、患者さんは落ち着くんです。

――院内交番では、医師や職員の個人的な相談にも乗っていらしたそうですね。

誰もが、様々な悩みを抱えています。警察官も同様です。ですが警察官が、悩みを持ちながら、拳銃を持って仕事をするのは危険ですよね。警察官が拳銃で自殺をする事件だって起きていますから。同様に、医師や看護師さんが異性関係やら借金やら、悩みで頭をいっぱいにして仕事していたら、医療ミスや犯罪を起こす確率は高くなるのではないでしょうか。

そうした事態を少しでも防ぐためには、職員をサポートしてあげることも重症で、それが患者さんを守る事にもなると考えています

――横内さんのような、警察OBの活用もお勧めですね。

もちろんです。医師や看護師さんは、医療については当然プロフェショナルです。しかし、モンスターペイシェントや大口病院事件のような犯罪に対してはシロウト。非力なのは否めません。対応が不適切だったり後手に回ったりすれば、取り返しのつかない事態に陥る危険性も高まります。以前は、我々の対応は大病院に限られていましたが、昨今は、中小の病院でも気軽に利用していただける体制を整えました。
餅は餅屋。我々警察OBをどうぞ活用してください。


横内氏ら、警察OBがトラブル相談に応じてくれる
HSS ホスピタルサポートサービス
http://hss.primespace.co.jp/rep.html

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横内昭光氏 Yokouchi Akimitsu

ホスピタルサポートサービス代表

Writer Profile

木原洋美 Hiromi Kihara

医療ジャーナリスト

週刊現代『日本が誇るトップドクターが明かす』(講談社)、ダイヤモンドQ『がん 心臓病 脳卒中 備え方・付き合い方』(ダイヤモンド社)、ドクターズガイド(時事通信社)等、雑誌・ムック本を中心に企画・取材・執筆を多数手掛けている。ダイヤモンドオンライン(ダイヤモンド社のWEB)コラム好評連載中。

 

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