世界初!「陽子線で乳がんを治療」 不可能はこうして可能になった

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2017.01.12 Thu.  木原洋美

小林麻央さんの乳がん闘病の様子を祈るような気持ちで見守っている読者も多いだろう。そんな中、世界初の「切らずに治す乳がん治療」の臨床試験が大きな進展を見せている。それが、ピンポイントでがん細胞を死滅させることができる陽子線による乳がん治療だ。一般の患者さんへの適用はまだ先だが、乳がん治療を大きく変える可能性を秘めたビッグプロジェクト。その開発の現場をいち早くお届けする。

がんを狙い撃つ“高精度な波動砲”

がんを切らずに治す、陽子線治療装置は、アニメ『宇宙戦艦ヤマト』に登場する波動砲に似ている。

陽子線は、陽子を光速の約70%まで加速させたもので、非常に高いエネルギーを持つ。治療では、その粒子のビームを、人体に巣食うターゲット(がん)めがけて照射する。体内に入り、がんに到達した途端、陽子線は強いエネルギーを放ち、消える。身体の中を通り抜けてしまうX線と異なり、周辺の正常な細胞や臓器に余計なダメージを与えないため、ピンポイントでがん細胞を死滅させることができるのだ。

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2000平方メートルある建物の地下一階の3分の2を占める巨大な装置は、電源を入れ、起動させるだけでも3人がかりで1時間半。約10万個の部品を正常に作動させ、かつ要求通りのビームを出すには、複数のエンジニアによる日々のメンテナンスが欠かせない。当日の治療終了後には、翌日以降の治療に備え、詳細な照射シミュレーションが毎日行われている。

直径数センチのがんを正確に、人体をキズつけずに消滅させる仕組みは実に大がかりであり、人手を要するのだ。

しかも狙撃手は、宇宙戦艦ヤマトと違い、単独ではない。医師のほか、医学物理士、診療放射線技師ら複数の「古代守」がチームで作製する「治療計画」こそが、陽子線治療における「狙撃」。それは、CTやMRI検査によってがんの位置や大きさ、形状を調べ、最適な照射角度、線量、範囲、回数などを決める緻密で根気のいる作業だ。

もしかしたら読者のなかには、「陽子線治療装置を使えば、どんな医師でも、簡単にがんが治せる」あるいは「陽子線治療は、どこの病院で受けても同じ」と思っている方がいるかもしれないが、大間違いだ。

患者一人ひとりの状態に細かく応じた治療ができるよう、照射角度1つとっても2500通りもの設定ができるこの装置は、高度の熟練と知識、先端技術と地道なメンテナンス、さらには医師の勘も要する「道具」。がんを治せるか否かは、使いこなす「人々」の技量にかかっている。

”レジェンド“菱川良夫の夢

世界最先端の治療を行う「メディポリス国際陽子線治療センター」のセンター長、菱川良夫は、現役の医師ながら、この世界では既にレジェンド的存在だ。

2001年にオープンした、陽子線治療と炭素イオン線治療の両方が行える世界初の施設『兵庫県立粒子線医療センター』には計画立案から携わり、初代センター長に就任。メディポリスについても、「世界一の陽子線治療施設」をめざし、コンセプト作りから携わってきた。

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メディポリス国際陽子線治療センター 菱川良夫センター長

日本屈指の温泉リゾート、指宿温泉という立地を生かし、命の洗濯をしながら”がんばらずに“がんを治す――他に類のない、病院らしくない病院というアイデアも、菱川の発案だ。

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センターに隣接するホテル『指宿ベイテラスHOTEL&SPA』

無論、治療技術も卓越している。

陽子線で治療ができるがんは、小さな肺がん、前立腺がん、顔にできる頭頸部がん、肝臓がん、この4つが代表的だが、同センターではさらに、難治がんとしての膵臓がんや進行肺がんの治療も行っている。

「心臓の裏側にある肺がんを治療したこともあります。X線の場合、心臓を通り抜けて致命的なダメージを与えてしまうので、このようなケースでは治療できません。陽子線だからこそ可能な治療です」(菱川)

他の施設なら不可能とされる治療も、粒子線治療の生き字引のような菱川の経験あってこそ可能となる。

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陽子線治療室内の様子

そんな菱川が、長年に渡って実現を切望し、同センター開所と共にプロジェクトをスタートさせたのが、「世界初の、陽子線による乳がん治療の実現」だ。

湧き起こる「不可能だ」「無謀だ」という周囲の声を馬耳東風と聞き流し、菱川がプロジェクト・リーダーに指名したのは、当時まだ35歳だった同センターの医療部長、有村健だった。

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