どうせなら但馬で倒れたい… 日本一忙しい空飛ぶドクターに聞いた救急医療の進化と課題

Opinion

2017.02.21 Tue.  木原洋美

1分1秒を争う命の最前線である救急医療。実は、その歴史は驚くほど浅い。1995年の阪神淡路大震災がきっかけに災害医療の専門教育が広がり、治療や搬送の優先順位を決める「トリアージ」も2005年のJR福知山線脱線事故で初めて現場で活用されたという。意外なほど歴史の浅い救急医療は、地域格差も甚大だ。”大都市ほど危うい”という事実に驚く読者も多いだろう。我々の生死を委ねる命の現場でありながら、意外と知らない救急医療。そんな日本の救急医療の歴史と課題について、日本で初めてトリアージを用いた災害医療を展開し救急医療の発展の先駆者である小林誠人医師に聞いた。(HEALTHCARE Biz編集部)

救急搬送の覚知から医師接触までの時間
東京都51分、但馬は20分以内

2016年5月の早朝、神奈川県川崎市在住のKさん(50代・女性)は渦潮に巻き込まれたような激しい眩暈(めまい)で目が覚めた。天井がぐるぐる回転して見え、目を開けていられない。かといって目を閉じても、回転している感覚は止まらない。耐えているうちに、重度の乗り物酔いのような状態に陥り、嘔吐した。

こんなことは初めてだった。

しばらくすると眩暈は納まるが、ちょっとでも動こうとするとまたぶり返す。吐しゃ物と涙で顔半分はぐしゃぐしゃだ。

(このままでは、死んでしまうかも)

我慢の限界を超えたKさんは、隣で安穏と眠りこけていた夫を起こし、救急車を呼んでもらった。ストレッチャーに載せられ、救急車内に運び込まれた時には(これで助かる、もう大丈夫)とホッとした。しかし、甘かった。

「脳疾患の可能性もあるので、脳神経外科のある病院に搬送しますね」と説明されたものの、救急車はなかなか動きださない。

受け入れ先が見つからないのだ。
結局、病院に向かって出発したのは、到着から30分以上経過してから。

幸い、Kさんの疾患は『良性発作性頭位めまい症』。女子サッカーの元日本代表・澤穂希選手がかかったことでも知られる疾患だが、要するに、たいしたことない病気で、すぐに退院することができた。

ただ、Kさんは釈然としない。

(軽い病気でよかったけど、もしこれが脳梗塞だったらどうなっていたかしら。死んでいたかもしれないし、助かったとしても、相当重たい後遺症が残ったかも。こういうのって、医者がいない田舎の話だと思っていたんだけど)

※ ※ ※

実は受け入れ先が見つからず、現場滞在時間が30分以上になってしまう「選定困難事案」は、医師不足が深刻な「地方」ではなく、むしろ大都市で発生している。

「救急搬送の現状について」平成21年6月11日 総務省消防庁より

出動件数日本一のドクターヘリを有する公立豊岡病院但馬救命救急センター センター長・小林誠人氏は気の毒そうにコメントした。

「30分ならマシだったかもしれません。お隣の東京都の場合、現場滞在を含めた救急覚知から病院搬入までの平均は51分ですし。」

現地滞在時間10分以内を実現させた
日本一忙しいドクターヘリ

年間出動件数1761件(2015年度実績)、日本一忙しいドクターヘリは、鳥取県から京都府北部までの半径100㌔、対象人口約80万人をカバーし、365日、あらゆる重症患者を受け入れている。ヘリが飛ぶのは午前8時から日没まで、多い日には17件もの出動があるという。加えてドクターカーも、昼夜・天候を問わない「走る救命室」として患者を搬送しているし、一般的な救急車も、カバーする医療圏全域から患者を載せ、同センターめざしひた走ってくる。

小雪が舞う天候でも、ドクターヘリは出動。患者を搬送する。

「東京都と同じ広さの面積に、救急医療を提供している病院はここしかありません。慢性期の患者さんを診る病院はいくつもありますけど。だから救急車には、『とにかくうちをめざして来てください』と徹底しています。重症患者は治療開始が1分遅れれば、救命率は10%下がりますから、治療開始までの時間は短いほどいい。我々の現場滞在時間は10分以内。救急車を飛ばして1時間かかる場所からの搬送も含め、ドクターヘリは救急覚知から治療開始まで平均20分、病院搬入まで平均39分です。

ちなみにドクターヘリの現地滞在時間の全国平均は21分(2015年調査)、同センターは、半分以下を実現させていることになる。当然、予後・生存率も格段に向上した。

単純にヘリや救急車を急がせるだけで成し得ることではない。

日本における救急医療の進化と同時に、小林氏が長年の救急医経験を通して構築してきた知恵が、徹底して活かされているのだ。時折小雪が舞う冬の但馬を訪ね、詳しい話を聞いた。