デジタルヘルスのもたらす医療のイノベーション ~ATカーニー・後藤良平氏 セミナーレポート~

Opinion

2017.05.23 Tue.  黒沼由紀子

他業界より遅れをとりながらも、ここ2、3年で飛躍的な進歩を遂げている医療・ヘルスケアのデジタル化。先行する海外事例から見出された勝ちパターンをもとに、今後日本において、いかにデジタルヘルスのイノベーションを起こしていくか。ヘルスケアIT(2017年4月17日~19日、東京ビッグサイト、主催:UMBジャパン株式会社)にて行われたATカーニープリンシパル、ヘルスプラクティス、後藤良平氏のセミナーをレポートする。

デジタル技術により行動変容を促進する
「患者のデジタル化」が加速

iPhoneで心電図を計測。気になる症状は、オンラインで自動診断。そのまま病院予約までワンストップ――。ここ数年で、デジタルヘルスが医療シーンを急速に変えつつある。

それに伴い、デジタルヘルス分野への投資も過熱。デジタルヘルスに特化したアクセラレーター「Rock Health」によると、アメリカのデジタルヘルスベンチャーは年率40%の割合で成長し、2015年には7000億円弱の資金が流入。ベンチャーキャピタルの投資分野に占める割合においても、2010年には19%だったのが2014年には41%になるなど、成長が著しい。

イノベーションが加速する「医療のデジタル化」だが、その類型は「創薬技術のデジタル化」「薬剤自体のデジタル化」「患者のデジタル化」「医師のデジタル化」の4つに分けられる。その中で、今回のセミナーでは「患者のデジタル化」がフォーカスされた。

 「患者のデジタル化とは、デジタル技術を使い、患者行動を変容させることで、既存の治療を補完または代替すること。今後は医療機関において医者がやっていた医療行為が患者のもとに戻されていく。それは、患者が自分で自分自身の健康にコミットする『患者の主体化』を促す。健康を意識する契機のひとつとしてデジタルヘルスが役立っていくだろう」(後藤氏、以下「」内同様)

バーチャルな健康情報がいくらでも見られ、SNSを通じて患者同士がつながる。デバイスは発達し、行動やバイタルデータなど日常のライフログが大量に収集される。そこで集まったビッグデータは新しい治療や予防を生み出す宝の山となる――このような流れを加速化させるために必要なことは何か。

「ドクター任せの医療でなく、患者が主体的に動くような”patient empowerment”が求められる。それに伴って地域包括ケアに代表されるネットワークケアも広がっていかなければ、国民医療費は賄えなくなっていく。いかに患者のマインドセットや行動を変え、既存の治療行為を補完・代替していくかが焦点となる」

「患者のデジタル化」への3つの勝ちパターン

では、患者のデジタル化を促進し、事業に繋げるためにはどのようなパターンがあるのか。後藤氏は3つの勝ちパターン(「疾患プラットフォーム型」「治療モデルの個別化推進型」「消費者体験特化型」)を海外の成功事例とともに紹介した。

1)疾患プラットフォーム型

特定の疾患に着目し、Patient Journey/クリニカルパス全体の効率化や治療スタンダードの底上げを実現。当該治療におけるデジタルPFを構築する試み。

成功事例:Vida Health
うつ病や糖尿病など慢性疾患に苦しむ人々と専門家をつなぐオンラインヘルスプラットフォーム。サービス開始以来、利用者は3万人を超える。

生み出した価値:
・治療スタンダードの大幅な改善。治療者側コミュニティ(パーソナルトレーナーや栄養士、看護師、セラピスト)の積極的関与を通じた継続的な治療の定着
・治療行為の効率化により、医療の費用対効果を大幅に改善
・治療の新たなクリニカルパスの創出

マネタイズ:
資金の多くを治験に用い、効果を実証。エビデンスをためて、費用対効果を武器に保険者に販売。

2)治療モデルの個別化推進型

患者個々人により異なるアンメットニーズや悩みに応えることで、治療アウトカムと患者の経験を改善、結果としてニッチながらも着実に治療行為のROLを目指す試み

成功事例:DermLink
皮膚疾患、性感染症などの遠隔診断サービス。患者が通院をためらうような症状についてオンラインで皮膚科専門医が診断、処方まで行う遠隔診断システム。

生み出した価値:
・患者にとって、通院治療上の障害を抱えた疾患(=皮膚疾患や性感染症など通院に抵抗がある疾患に特化)へのアクセスが可能となった
・医師にとっても、空き時間で遠方患者をも診察可能となるなど患者間口が広がった

マネタイズ:
患者からの課金だけでなく、皮膚科医からも課金。医師の営業代行のような側面も作り出すことで、複層的なマネタイズが実現。

3)消費者体験特化型(Appleモデル)

患者自身による健康・疾患管理を、患者の日常生活に溶け込む形で(=無意識的に)サポートする試み

成功事例:Cellscope
スマートフォンにスコープレンズを取りつけ、子どもの外耳・内耳疾患をビデオ撮影しアップロード。通常2時間以内に診断が下る。

生み出した価値:
・患者を煩わせることなく、無意識的かつ自動的に提供される患者体験の向上を通じた治療(=スマートフォンというユーザーフレンドリーな機器を使って医師が行っていたことを一般消費者でも可能に)
・患者管理手法の高度化(=診断のハードルを下げ、自宅で手軽に実施可能)

日本におけるデジタルヘルスの課題点

後藤氏は、前述した「3つの勝ちパターン」においても、1社単独での展開は困難であると指摘。海外においても、業界の枠を超えた協業が一般的であることを例示した(協業の例としては、次のスライド参照)。

「海外では、業界の枠を超えた連携が一般的だが日本ではわずか5~14%。市場をドライブしているのもベンチャー企業よりも大手家電メーカーやSIerであることが多い。イノベーションを生み出すうえで、日本のデジタルヘルス業界が抱える大きな課題の1つといえるのではないか」

また、日本におけるデジタルヘルスの課題点として、エビデンスビルディングの弱さも指摘した。

「アメリカで多くの資金を集めているOmada HealthVirta Healthなどは、集めた資金の多くを治験に投入し、費用対効果を明確している。立証された根拠があるからこそ、保険者向けにも事業が加速してる。翻って日本は、見切り発車で始めて、終わっている例が多い。『なんとなく良さそうだからと始めてなんとなく改善されました』では通用しない。薬とサービスはほぼ同義ととらえ、製薬企業と同じくらいの立証が必要。誰にとってどのような価値が生まれるのかも書き下し、明確にすべき

イノベーションを収益化するための3つの視点

「なんとなく良さそう」という見切り発車は、プロダクトやサービスが曖昧になるだけでなく、マネタイズも描けない。

「マネタイズは当初から想定すべき。形が見えてから考えるでは、迷走必至だ」

後藤氏はそう指摘したうえで、収益化策定の参考として、イノベーションの類型と収益化のための視点を紹介した。

「10 type of innovation」をもとに、 TESLAUBERNETFLIXなど他業界のイノベーションの実現形態を分析。「顧客体験」と「ネットワーク」は必須要件化していることを指摘したうえで、デジタルヘルス領域で検討が必要な視点として以下の3つを挙げた。

1)ビジネスモデル

サービス展開時・成長時・成熟期それぞれでのマネタイズを考える。本格的にサービスが成長する、あるいは100億円を超えるような資金調達をしているヘルスケアサービスは、ほぼ確実に公的償還を獲得している。公的償還を得るために、どのようなエビデンスをどのように構築すべきか。そのためにはどのようなパートナーシップを組むかが重要となる。

2)製品・サービス自体

「あえて自社で出す」必然性のある機能は何か。サービスの中核となるコア機能(=Most viable Product)の定義が必要。単発ではなくシリーズとしての設計、横展開をどうしていくかも課題。特に疾患により大きく異なるニーズにどう応え、スケールアップを図るかの検討が必要。

3)顧客体験

日常生活に溶け込むような接点をいかにして持つか。そのためには、パートナーシップの検討も必要となる。また、顧客インセンティブをどう設計するか。既存のサービスやブランドとの連携、Win-Winのパートナーシップ戦略をどうするか。アーリーアダプターからマスへの普及、顧客間の影響など消費財マーケティングとしての視点も必要となる。

「デジタル化とはものごとが便利になるだけでなく、『見る・聞く・知る』を根本的に変えること。いかにして医療のあり方を変え、患者のあり方を変えるイノベーションにしていくかの参考にしていただきたい」

とセミナーを締めくくった。

※本文は、編集部によるセミナーレポートです。

Writer Profile

黒沼由紀子 Yukiko Kuronuma

フリーランス編集ライター

シンクタンク勤務後、語学系出版社、女性月刊誌のライターを経て、現在は医療系メディアの編集・ライティングを手がける。理工学部応用化学科卒。

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