なぜ、日本でコーポレートウェルネス(健康経営)は根付かない? Campus for H 米倉章夫氏インタビュー vol.2

Opinion

2017.06.12 Mon.  奥田由意

ハーバード・ビジネス・スクール留学時から、アメリカでのコーポレートウェルネスの広がりを目の当たりにしてきた米倉章夫氏(関連記事1)。CEOを務めるCampus for Hでは、企業、組織の健康づくり・生産性向上に関する調査・研究から、B to B向けにマインドフルネスの社員研修プログラムも提供している。そんな米倉氏が感じる日本の「健康経営」実装への課題とは――。

――日本でも「健康経営優良法人」が認定されるなど、健康経営が言葉としてはブームになっています。関連サービスも続々と生まれてきていますが、企業や健保による導入にはハードルが高いと感じているベンダーも多く、実質的にはあまり広まっていないように思われます。もっとコーポレートウェルネスに取り組む会社を増やすにはどうすればいいでしょうか。

広まらない原因として、直接的には二点あると思います。経営者にとって経済的なインセンティブがないこと、そしてコーポレートウェルネスの推進で生産性が上がったことを示す、経営者の意思決定を後押しするに足る指標がないことです。

前者に関しては、アメリカでは従業員にかかる保険料が下がるというわかりやすいインセンティブがあったのが大きな違いです。後者に関しても、たとえば欧米のデータを持ってきて生産性がこれだけ上がっていますよ、といったところで、果たして何人の経営者が心からそれを信じて実践してみようと思うでしょうか。また、生産性をはかる指標についてはいろいろ議論がありますが、多くの経営者は学問的なエビデンスに対して、むろんひととおりの敬意は払うものの、現場の感覚として実感できなければ、所詮は机上の空論と思うものです。

ある研究において紹介されている生産性向上の事例が、コールセンターで捌いた件数を根拠に計算していたとすると、他業種の経営者が、うちのビジネスで求めている生産性とは少し違うかもしれないと思うこともあるでしょうし、生産性の測定を従業員へのアンケートによって行っている研究の結果を見ても、「アンケートで生産性測定か・・・」とお感じになる経営者もいらっしゃると思います。

どちらかというと、経営者自身が健康になっていくプロセスにおいて、自分の仕事の質の変化を感じられれば、自社の社員も健康にと考えるのではないかと思います。
たとえば経営者が個人的にトライアスロンを始めたら、思考がシャープになって、健康は生産性に寄与しそうだと気づき、社内でも健康増進を啓発するといった形ですね。

睡眠の質が変われば、実際仕事の効率もアップしますし、何を食べるかによって、集中力をコントロールできるようになります。だから食からのアプローチも有効だと思います。
経営者がコーポレートウェルネスの実効性を実感できれば広まっていくでしょうね。

――実効性を感じられれば習慣化できる、ということですね。コーポレートウェルネスを実装していくには、他にどのようなことが必要でしょうか。

コーポレートウェルネスが根付かないことに関連して、もったいないと思うことがあります。50人以上の労働者のいる事業場には産業医の選任が義務づけられていますが、せっかく産業医がいても、うまくその人たちの力を引き出せていないし、活用できていない例が多いように思います。

――法律で決まっているから形だけ置いておくという企業もありますし、50人以上なのに選任していない企業も多いのが現状です。

産業医が機能すると、個別の従業員のケアだけでなく、労働環境や業務フローなど人材活用を阻害するボトルネックが明らかになります。それなのに、産業医の生かし方が分からず、名義貸しや月1回のお仕着せの衛生委員会実施にとどまっているところも多いと聞きます。

選任するだけでなく、産業医のケイパビリティをもっと有効活用するしくみを考えていく必要があると思います。

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――米倉さんの関わられている「キャンサースキャン」では、ソーシャルマーケティングを用いて、自治体の特定健診や乳がん検診の受診率を上げられています。産業医のケイパビリティの有効活用に生かせる視点はありますでしょうか。

したほうがいいことをしていないという事態があったとき、一般的に2つ大きな要因があります。

1)便益、つまりそれをしたことでこんなにいいことがあるということが知られていない
2)それをするのを妨げる心理的、物理的障害がある

特定健診の場合、日本人には健康診断の習慣があり、予防に対する認識も高いので、1)の便益の周知は問題なく、2)が問題だと特定し、予約が面倒とか、パンフレットがわかりにくいとか、お金がかかりそう、などといった障害をなくす方向で対処しました。

産業医の場合は1)、2)ともに問題ですね。便益をもっと社員や経営者に知ってもらうことがひとつ。

そして、2)について、健診でも産業医でも、制度を整えることにフォーカスしていて、それを利用するための障害を下げるところにまで手がまわっていません。利用のための障害が下がらないので、利用が進まないのは当然のことです。産業医とやりとりしやすい、相談しやすい工夫など、産業医にアクセスする物理的、心理的障害を下げる手立てが必要になってくると思います。

――コーポレートウェルネスはもちろん産業医だけでなく、いろいろなアプローチがありますが、御社はマインドフルネスの企業研修をリクルートや資生堂などでなさっていますね。

マインドフルネスのトレーニングをB to Bの社員研修プログラムとして提供しています。個人向けには、禅の修行を源流とし、脳科学の裏付けを得た瞑想メソッドによる「MYALO(ミャロ)」というアプリもあります。おかげさまで問い合わせや取材、検索してサイトに来て下さる方はどんどん増えています。香港、シンガポールなどアジア向けコンテンツも開発中で、アジア市場も狙っていくつもりです。B to B,B to C,両方での展開を考えています。

――使った方の感想などはいかがですか。

日本の現状では、健康な人が実施して「集中力が上がった」など、プラスのものがさらにプラスになるという報告が多く、当初期待していたようなストレスコントロール、「落ち込んでいたけれど、元気になれた」という使い方はまだ少ないようです。われわれの取り組みも本当に必要な人に届いていないという課題があります。日本では精神的な疲れに対して、まだまだ否定的な見方が強いのですね。

――心療内科や精神科を受診することへの抵抗が強く、受診していることを隠す人もいます。

同じアジアでも、香港、シンガポールは心療内科が混雑していて、アポイントが取れないくらいなのですが、日本ではそんな話は聞いたことがありません。助けを必要としていても、それを求めに行きにくい環境だということです。

――メンタルヘルスについて、社会的な理解や制度が十分でないこともあるのでしょうね。

そうした根本的な社会改革も必要ですが、Campus for Hでは、精神的なストレスに向き合うカジュアルな方法がたくさん出てきて、メンタルヘルスケアへの抵抗やハードルが下がることを目指しています。自分たちもその一助として、アプリや研修プログラムを提供し、その延長線上に「助けを求める」という行動につながればいいと考えています。また、その実績をもとにアジアでの展開も広げていくつもりです。

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米倉章夫 Akio Yonekura

Campus for H 共同創業者・代表取締役社長・CEO、(株)キャンサースキャン 取締役

東京大学経済学部卒。P&G Japan株式会社にて「プリングルズ」「ジョイ」のマーケティングを担当。その後、株式会社キャンサースキャンの設立に参画。ハーバード・ビジネス・スクールに留学。2013年6月にHarvard Business School Healthcare Initiative Japan Regional Directorに就任、卒業。帰国後2014年9月、Campus for Hを設立。国立研究機関、厚生労働省、研究者等に対して、がん検診や特定健診の受診率向上事業等、主に公衆衛生分野のソーシャルマーケティング戦略を策定し実施している。マインドフルネスのプログラム提供も行う。

Writer Profile

奥田由意 Okuda Yui

フリーランスライター

ビジネス書の出版社ダイヤモンド社勤務ののち独立。ダイヤモンド社出版物やダイヤモンド・オンライン、プレジデント社の「プレジデント・ウーマン」などで記事執筆。誠文堂新光社のデザイン雑誌「アイデア」などで翻訳も手がける。

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