アメリカのコーポレートウェルネス最前線 Campus for H 米倉章夫氏インタビュー vol.1

Opinion

2017.06.09 Fri.  奥田由意

働き方改革の推進ともあいまって、コーポレートウェルネス(健康経営)が注目を集めている。2017年2月には、経済産業省が健康経営優良法人を初めて認定。関連ビジネスも続々と登場している。とはいえ、その捉え方は、企業によっても個人によってもまちまちだ。

そこで、企業、組織の健康づくり・生産性向上に関する調査研究、サービスの開発を行うCampus for HのCEOで、ハーバード・ビジネス・スクールへの留学経験もある米倉章夫氏に、アメリカのコーポレートウェルネスの最前線から日本の現状や課題、同社の新しい取り組みについて聞いた(全2回)。1回目の今回はアメリカでのコーポレートウェルネス隆盛の経緯、現在のトレンドを紹介する。

――コーポレートウェルネスはアメリカ由来の考え方ですが、そもそもどういう経緯で始まったものなのでしょう。

ちょうど2011年から2013年まで、僕がアメリカ留学していた頃が、コーポレートウェルネスが再度注目を集めている時期だったのです。アメリカはその頃、2008年のリーマン・ショックから立ち直り、企業は業績を立て直しつつありました。

しかし、それだけではなく、根本的なコスト構造を見直していて、経営者たちが目を付けたものの1つが、企業にとっての大きな固定費である保険料だったのです。

アメリカの企業は保険会社から健康保険の保険商品を購入して社員に提供するのが一般的です。つまり、保険料は社員の頭数分かかる固定費のようなものなので、これをなんとか安くできないかと経営者たちが考えたときに、健康管理をきっちりしていれば、それだけ社員の健康状態が改善し、保険会社と保険料の交渉をするときの交渉材料になると気づいたのですね。

それでせっせと社員にさまざまな健康プログラムを導入し始めたのです。

――つまり、最初はコストカットのための取り組みだったのですね。

もちろん、政府機関の出すHealthy People 2010のような指針の影響も大きいと思いますが、実際にコーポレートウェルネスのプログラムを販売する企業の方とお話をすると、保険料削減に関連する営業がとても響くという声が多かったです。

ちょうどその頃、健康管理をしっかりすると、生産性も上がるという研究も注目を集めるようになりました。健康管理をすれば、コストカットできるうえ生産性も上がるとなれば、導入しない手はありません。企業はコーポレートウェルネスを相次いで採り入れ始めました。

それに呼応して、個人向けダイエット・プログラムを作っていた会社などがコーポレートウェルネスというB to B市場にも活路を見出し、こぞって参入しました。企業のニーズもあれば、提供者も増え、マーケットは盛況で、市場は数千億円とも予測されています。

――「社員を健康にすることは、会社のコストを下げるだけでなく、生産性もあげる」ということで、一躍コーポレートウェルネスという概念の認知度が上がったのですね。現在のアメリカのコーポレートウェルネスのトレンドはどんなものでしょうか。

いまアメリカで一番ホットな健康管理方法の一つは、「食」、それも料理をすることなのです。栄養疫学に基づいて、科学的に健康との因果関係が証明された食生活を送るための料理スキルを身につけるというプログラムで、コーポレートウェルネスの一環としてグーグルなどの企業でも導入されています。

栄養疫学(Nutritional epidemiology)といえば、ハーバード大学公衆衛生大学院のWalter Willett教授が有名ですが、「こういう食生活を送るとがんのリスクが減る」といった食生活と健康との繋がりを集団を対象として研究する学問です。残念ながら、日本ではマイナーな分野で研究者も少ないのですが、アメリカではその成果を用いて、地中海食を食べると健康になる、ということがわかりました。

――和食がヘルシーである、と欧米でも認知されているように思うのですが。

欧米の研究者のあいだには、和食が必ずしも、健康ではないのではと考える研究者も数多くいます。というのも、そもそも、和食は学術的な定義がはっきりと存在しないため、しっかりとした疫学研究の対象になりにくく、“和食”にまつわるはっきりとした疫学的なエビデンスは確立されていないのです。

また、内容も、白米という精製された単純炭水化物を主食とし、塩分摂取量が多く、野菜の摂取も少ないのは事実ですので、しっかりとした疫学的なエビデンスが確立されないと完全な反論はしにくいと思います。実際、野菜の摂取量はいまではアメリカのほうが多いのです。逆に、地中海食は学術的な定義が決まっており、栄養疫学的な研究も進んでいますので、エビデンスに基づいて言えることの量も質も圧倒的に多いです。例えば、心臓病などのリスクが軽減するという研究結果はいくつも報告されています。

――それでは、地中海食を料理して食べましょう、という機運なのですか。

地中海食に限らず、栄養指導の座学だけではなく、ライフスタイル・スキルとして実際に料理をするトレーニング・プログラムが注目を集めはじめています。ヘルシー・キッチンズ・ヘルシー・ライブズ(Healthy Kitchens, Healthy Lives)といって、2007年、ハーバードの栄養疫学のデヴィッド・M. アイゼンバーグ博士(Dr. David M. Eisenberg)がエビデンスを紹介し、それをもとにしたレシピで 、CIAシェフスクールのシェフがデモをし、医師が自分たちで料理をつくるプログラムが嚆矢です。もともとは、医師向けのプログラムだったものが、コーポレートウェルネスの場にも広がってきているのです。

――日本の糖尿病治療の現場などでは、医師の診断をもとに、栄養士がレシピの指導をする、というふうに役割分担がはっきりしていますが。

ここでは医師自身がエビデンスに基づいて料理を教えます。
各地で同様のプログラムが展開されひとつのムーブメントになっています。グーグルでは、Code4Cooksといって、社内に立派なキッチンをつくってプログラムを導入しています。

企業だけでなく、教育機関や医療機関での導入も目立ちますね。スタンフォードでは、イギリスのBBCの番組「裸のシェフ」で有名なシェフ、ジェイミー・オリヴァー(Jamie Oliver)をプログラム・ディレクターに迎えたプログラムがあります。クリーヴランドクリニックにもありますし、UCLAにもあります。

――これを食べなさい、ではないところが斬新ですね。

参加医師によると、栄養疫学のエビデンスとともに料理を知ることで、患者へのアドバイス内容が変わるといいます。これを食べなさい、だけでは結局継続できないのですが、こういう料理を作れるようになる、というところまで、スキルとして提供すると、自分でできる、ということが自己効力感(セルフ・エフィカシー)につながって、習慣化の度合い、定着度が全然違うのです。

――コーポレートウェルネスというと、日本ではまだまだストレスチェックや残業時間削減が主であるところ、料理の仕方を取り上げているところが興味深いです。

弊社の親会社のキャンサースキャンでは、厚生労働省や、自治体への働きかけも含め、現役引退世代の健康づくりの事業を行っており、Campus for Hでは、現役社会人を対象に健康づくりを広めていくのですが、あまり健康について考える暇のない人に健康づくりをいかに定着させていくかが課題です。

健康になるためには、睡眠、運動、食事のどれかのアプローチが考えられますが、おそらく、食べるのが嫌いな人はいないでしょう。食べるから始めることで、習慣化の度合いが変わっていくのではないかと思います。

弊社でも、まずは米国の医学部向けにプログラムの提供を考えているところです。その後、他の国や企業にも広げていきたいと思っています。

次回は、日本の「健康経営」実装への課題についてお伺いします。
「健康経営」を推進する産業医の選任は
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米倉章夫 Akio Yonekura

Campus for H 共同創業者・代表取締役社長・CEO、(株)キャンサースキャン 取締役

東京大学経済学部卒。P&G Japan株式会社にて「プリングルズ」「ジョイ」のマーケティングを担当。その後、株式会社キャンサースキャンの設立に参画。ハーバード・ビジネス・スクールに留学。2013年6月にHarvard Business School Healthcare Initiative Japan Regional Directorに就任、卒業。帰国後2014年9月、Campus for Hを設立。国立研究機関、厚生労働省、研究者等に対して、がん検診や特定健診の受診率向上事業等、主に公衆衛生分野のソーシャルマーケティング戦略を策定し実施している。マインドフルネスのプログラム提供も行う。

Writer Profile

奥田由意 Okuda Yui

フリーランスライター

ビジネス書の出版社ダイヤモンド社勤務ののち独立。ダイヤモンド社出版物やダイヤモンド・オンライン、プレジデント社の「プレジデント・ウーマン」などで記事執筆。誠文堂新光社のデザイン雑誌「アイデア」などで翻訳も手がける。

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