先天性心疾患の赤ちゃんを救え! 内壁までもリアル!心臓3Dモデル開発奮闘記

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2017.06.04 Sun.  木原洋美

タイムリミットはたったの3時間という赤ちゃんの先天性心疾患手術。種類が多いうえに構造が複雑なため、実際に手術を始めて心臓を開いてみなければわからない場合も多い、リスクの高い手術だ。その成功のカギを握るのが、リアルなモデルによる術前シミュレーション。着想から実に30年以上を経て誕生し、これまで助からなかった命が助かる可能性を切り拓いてきた心臓3Dモデルの開発ストーリーを紹介する。(HEALTHCARE Biz編集部)

赤ちゃんの心臓手術から
一発勝負の危うさをなくしたい

2つ並んだ動画
左は実際の手術の様子、右は、患者のCTスキャンデータから製作した心臓3Dモデル(術前シミュレーションモデル)を使った術前シミュレーションの様子である。

疾患名は、完全大血管転位症。左心室から出るべき大動脈が右心室から、右心室から出るべき肺動脈が左心室から出ている――心臓の出口の血管同士が互いに入れ替わっている先天性心疾患だ。

紹介されているのは、出口の血管を入れ替える動脈スイッチ手術だが、左右の手術が、まったく同じように進行していることがお分かりいただけるだろう。

シミュレーションモデルの素材は実物に近い超軟質の樹脂で、心臓内部は弁や大動脈の太さ、内壁に至るまで緻密に再現されている。表面の血管部分は空洞で、カテーテルが通る。実物そっくりの感覚で切除することも、縫合することも可能だ。

構造も感触も、内側まで緻密に再現したモデルは世界初。

2011年に、京都の高速試作開発支援企業、クロスエフェクト(竹田正俊社長)が、国立循環器病研究センター(大阪府)の白石公教育推進部長から依頼を受け、共同研究によって開発した。(現在は、クロスエフェクトの系列会社であるクロスメディカルが製作している)

今、この小粒のキウイフルーツほどの大きさのシミュレーションモデルが、先天性心疾患手術に革命を起こそうとしている。

近年、CTやMRI等による画像診断の進歩は著しく、もはや体内の様子を把握するのにカラダを切り開く必要はない、と思っている人は少なくないだろう。しかし現実は依然、画像診断だけではわからないことは多い。特に赤ちゃんの先天性心疾患の診断は難しく、手術本番で胸を開いてみて唖然、「こんなはずじゃなかった」という事態はめずらしくない。

それでも小児心臓外科医は、一発勝負の手術に全身全霊で挑む。赤ちゃんの心臓手術の場合、心臓を停止できるタイムリミットは最大限でも3時間。それ以上開けていたら命にかかわるし、心臓の筋肉に与えるダメージを最小に留めるためにも、時間は短ければ短いほどいい。なにせ赤ちゃんには、術後の長い人生が待っているからだ。

「わずか3時間しかないのに、迷ったり、やり直したりで1時間もとられたら、残りは2時間しかありません。仮に、これで行こうと思った手術が2時間を要するものだったとしたら、ぎりぎりになってしまいます。最初の検討に要する1時間を、3Dモデルによるシミュレーションで節約出来たら、安全かつ余裕を持って手術できますよね。難易度の高い手術にも準備万端で臨めます」

術前シミュレーションモデルの開発にかかわり、この動画の製作者にして執刀医でもある京都府立医科大学の山岸正明病院教授・診療部長は力を込めて語る。

京都府立医科大学 山岸正明病院教授・診療部長

精密かつ安全な手術のために
名医が実践してきたこと

外科医の腕前は何で決まるのか?
一般的には、手先の器用さが第一と思われがちだが、トップドクターと称される外科医たちは奇しくも同じことを言う。

たとえば、消化器がんの中でも、最高難度とされる「肝門部胆管がん」手術のエキスパートで名高い肝胆膵外科医は、「複雑な腹部の状況をいかに立体的かつ、正確に認識できるかが重要」と断言する。

また、世界でも数少ない「無血手術」ができる脳神経外科医も、「手術の全体像を3Dで、詳細にイメージすることが大切。患者の脳内のリアルなイメージを掴めさえすればどんな手術も難しくない」と頷く。

そして、先天性の小児心臓疾患手術の名手として知られる山岸も次のように語る。

先天性心疾患のバリエーションをどれだけ知っているか、どれだけ頭にきちっと整理して入っているかが大事」(山岸氏)

精密かつ安全に手術を行うために、肝胆膵外科医と脳神経外科医が昔から若手に徹底させているのは、画像診断等で得た情報をもとに、患部とその周辺を絵に描くことだ。それは3次元CT(コンピューター断層撮影)を活用できる現在も変わらない。

「1枚の絵を描くのに、簡単な手術の場合でも2~3時間、複雑な手術の場合は半日かかる。最初から正確に描ける人は一人もいません。半年ぐらい頑張って、ようやくまともになるのです」(肝胆膵外科医)

人間の認識能力とはそれだけ曖昧であり、一方で人間の肝臓・胆嚢・膵臓や脳内は、とてつもなく複雑な構造を持っているのだという。

一方、山岸が、若い頃から切望していたのは、先天性疾患を持って生まれてきた子どもの心臓を、内部までリアルに再現したシミュレーションモデルだった。しかも、切ったり縫ったりできる柔らかなものでなければならない。

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