看取り大国ニッポンの在宅医療【第2回 医療資格を持たない医療のプロ『PA』が生まれた必然】

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2017.06.22 Thu.  松山あれい

超高齢化社会の到来を前に地域包括ケアシステムが整備されつつある今、核となる『在宅医療』の現場では、何が求められているのか。【第1回 延命治療から緩和ケアへ】に続き、第2回では、ベテラン医師も衝撃を受けた、やまと診療所の『PA』という独自の職種について取材した。『PA』の実態と、その職種が生まれるに至った背景に迫る。

設立当初から“最期までその人らしく”という理想を貫く診療所

一般の生活者はもちろん、医療関係者にとっても聞き慣れない『PA』という言葉。これは、アメリカのPhysician Assistant制度を参考につくった、やまと診療所独自の仕組みだ。

『PA』職の詳細を明らかにするには、まず、この職を生み出したやまと診療所について説明する必要があるだろう。

東京都板橋区の在宅診療所『医療法人社団 焔(ほむら)やまと診療所』が、安井佑医師によって設立されたのは2013年。約4年後の2017年6月現在、常勤医師4名、スタッフ41名が在籍する。マンションの一室に拠点を構える在宅診療所が数ある中で、やまと診療所は大所帯といって良い規模だ。

しかし、同診療所が規模を拡大したのは、ここ1~2年のこと。医療法人化したのも2015年だ。設立当初は、医師2名とスタッフ2名が在籍するのみ。安井院長は何を思ってこの診療所を開設したのだろうか。

「2011年の東日本大震災でボランティアとして被災地を訪れた際、従来の“病院”というハードに依存した箱型医療とは違う、ソフト面を重視した医療の形の必要性を感じました。診療所を一緒に立ち上げた田上医師とは、高齢化社会の危機について以前からよく話し合っており、震災を契機に“社会のインフラとしての医療改革に挑戦しよう”と決意したのです」(安井院長)

そうしてふたりの医師は、宮城県登米市と東京都板橋区に、在宅診療所を開設した。これは、地方と都市とでは求められる地域医療が違うという想定に基づいてのことだ。このときふたりは、30代前半。その若さで“看取り”の現場を選択した背景には、何があるのだろうか。

「私自身を振り返ると、初期研修後に参加した国際医療活動でミャンマー人の死生観に触れたことや高校時代に父をがんで亡くしたことが、今に繋がっていると思います。“最期まで自分らしく生きられて、自分らしく死ねる世の中をつくりたい”という根底にある思いは、診療所設立から今まで全く変わりません」(安井院長)

安井院長にゴールまであとどのくらいかと尋ねると「まだまだ始まったばかりです」と、すがすがしい笑顔が返ってきた

『PA』職が生まれた背景には、医師不足と看護師不足があった

“最期まで自分らしく生きられる世の中”という安井院長の理想は、現在、在宅医療に無縁の人も決して無視できるものではない。これから多死社会を迎える我々にとって“人生の最期”は、より身近なものになるからだ。自分自身の最期について考えることはもちろん、親しい人の最期に自分が何をすべきか考える機会も増えるだろう。

延命治療から緩和ケアへ。“病気と症状”に向き合う医療から、病気を抱える“その人自身”に向き合う医療へ。平均寿命が80歳を超える今、医療も転換期を迎えている。

「やまと診療所では“病気を診るのではなく、人を見る”ことを大切にしています。開設当初は、医師の私とベテラン看護師の針生のふたりで訪問診療を行っていました。震災ボランティア仲間でもある針生は、医療スキルだけでなく患者さんやその家族を慮る対人スキルにも長けています。人を見るためには、患者さん家族やケアマネージャー、そして訪問看護師など様々な関係者とコミュニケーションをとることが重要です。しかし、診療規模を拡大しようとしたとき、医療スキルとコミュニケーション力を兼ね備えた医師や看護師を採用するのは、非常に難しいことを実感しました」(安井院長)

日本では医師不足が叫ばれて久しいが、看護師不足も喫緊の課題だ。厚生労働省によると、看護師の就業者数は年間3万人程度増加しているものの、2025年には3万人から13万人が不足する見込みとなっている。そうした中で、コミュニケーション力の高い有資格者を確保することがいかに大変かは、想像に難くない。

誤解を受けやすい『PA』の実態とは・・・

訪問診療そのものは、医師ひとりでも実施できる。
しかし“最期まで自分らしく生きる”ためのサポートを実現するためには、患者本人や患者家族の不安に向き合うことが、何よりも必要となる。患者にとって“自分の最期を迎える”ことは初めての経験だからだ。

「設立当初は登米と板橋を往復する生活で、板橋を不在にするときは、非常勤の医師の力を借りていました。そこで感じたのが医師と患者さんとのコミュニケーションの難しさです。もっと突っ込んで言えば、“自分らしい最期”というやまと診療所の理想を共有し、実践してもらうことの難しさでした」(安井院長)

医療スキルが高い医師や看護師でも、不用意なひと言で患者や患者家族を不安にさせてしまうことがある。それを防ぐためには、“最期まで自分らしく生きる”というやまと診療所の理念に基づいたコミュニケーションが不可欠ということだろう。

「コミュニケーションに重きを置いて業務の切り分けを行ったところ、在宅医療で行う仕事のうち、医師でなくては出来ない業務は3割程だということが判明しました。そこで、医師でも看護師でもない人間をプロの医療人として育成するという試みを始め、試行錯誤を経て誕生したのが、現在の『PA』という職種です」(安井院長)

長きに亘る徹底した研修を受け、医療人としてのスタンスが認められて初めて『PA』に昇格する

『PA』は、患者や患者家族、そしてケアマネージャーや訪問看護師とのコミュニケーションの中心を率先して担う。『PA』の職域について、広報の渡部氏は次のように語った。

「やまと診療所の患者さんやご家族のほとんどは、在宅医療を受けることが初めてです。そこで、迷いや不安を口にすることでさえ、最初はためらってしまいます。『PA』はそうしたあらゆる場面での意思決定をサポートし、患者さんやご家族の意思に基づいたサービスや環境調整を行います。

患者さんを取り巻く在宅医療・介護チームの能力はさまざま。ケアマネ―ジャーさんが全て対応して下さることもあれば、ご家族が意思決定から環境調整までされることもあります。『PA』は、そのチームの状況を見たうえで、“自宅で自分らしく”を達成するために、黒子的な役割を担っています。そのためには圧倒的に“コミュニケーション”力が必要になります。そこで、やまと診療所は人材育成の軸をコミュニケーションに置いているのです」(渡部氏)

「誤解を受けやすいのですが、『PA』は看護師やケアマネージャーの代わりではありません」と語る渡部氏

では、一緒に訪問診療を行う医師は『PA』をどう見ているのだろうか。第1回に登場した柳澤医師は、次のように答えた。

「『PA』は、診療の度にケアマネージャーさんや訪問看護師さんへ診療レポートを送ります。医師がどう考えてどのような方針をとっているのか、反応がどうだったかなど、患者さん視点からも詳細に伝えているので、担当医師としては安心です。訪問看護師さんに患者さんの状況がきちんと伝わっていれば、心の距離も近くなり、手厚い看護に繋がると思うので」(柳澤医師)

しかし、やまと診療所の中でも『PA』は、若手が多い職種だ。ときに、親子ほども年の離れたスタッフと仕事をする難しさはないのだろうか。

「一緒に働いている『PA』には、年長者として助言や激励をすることもありますが、反対に『PA』から提案をもらうこともあります。“どうしましょうか”ではなく、“こうしようと思うのですが、良いでしょうか”と聞かれるので判断しやすいですね。この1年でふたりが『PA』に昇格しましたが、ふたりとも1年前と今では全く違っています。人の成長の凄さを目の当たりにしました」(柳澤医師)

実際、やまと診療所において『PA』は、医師同様の専門職として扱われている。医師は専門資格を持った医療のプロとして、『PA』は意思決定や環境調整を行う医療のプロとして、それぞれ患者に接することが求められるのだ。

では、未経験者がプロの医療人へと成長を遂げる“『PA』を生む研修”とは、どんなものなのだろうか。

2017年4月、医療人でなくとも、やまと診療所の研修を受ける機会が設けられた。やまとオープンカレッジで行われた6回に亘る一般向けセミナーだ。

次回は、実際に行われたそのセミナーの内容と、受講者の生の声をお伝えしたい。

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Writer Profile

松山あれい Arei Matsuyama

編集ライター

インターネット広告代理店、マーケティング会社を経て独立。フリーランスにて企画・編集・執筆を行う。現在取り組んでいるテーマは「終末期医療」。

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