無精子症でも赤ちゃんができる!不妊治療の常識を覆した男

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2017.07.10 Mon.  木原洋美

日本で初めて「ギフト法」に
成功した先駆者でもある

素晴らしい快挙を成し遂げた田中医師だが、実のところ不妊治療の世界では、ROSI以前から有名人だった。

というのも85年に、「卵管内精子卵子注入法・GIFT法」によって国内で初めて不妊症患者の妊娠・出産に成功した先駆者でもあるからだ。同様の方法は一足先にアメリカで開発されてはいたものの、田中医師はそれを知らず、独自のアイデアで生み出していた。

振り返れば常に、その人生は「初めて」へのチャレンジに導かれてきた。
順天堂大学の産婦人科に入局した76年頃は、日本の不妊医療はまだ、“夜明け前”の状況だった。

「治療と言っても、ほとんど妊娠に辿り着く症例はありませんでした。僕も生殖補助医療を志してはいたものの、どう研究したらいいのかさえ分からない。ところが78年、イギリスの生理学者ロバート・G・エドワーズ博士が、世界で初めて体外受精児の出産を成功させたのです。もう衝撃でしたね。
それがきっかけになって、僕も体外受精をやってみようと研究を開始しました」

83年、チャンスへの最初の扉が開く。
産婦人科と臨床検査科医長を兼任し、かつ「体外受精の研究をしてもよい」という好条件で越谷市立病院に招聘されたのだ。赴任した田中医師はまず、不妊症の原因の内容について、院内の臨床データを精査した。するとすぐ意外な事実が判明する。

患者さんの9割は、卵管の片方が通っていることが判りました。従来の常識では、不妊症の患者さんは両方の卵管が通っていないと思われていました。でもそれは思い込みで、両方とも通っていない人はほとんどいなかったのです。そこで、通っているほうの卵管を使えば、妊娠率も上がると考えました。なぜなら、卵子と精子は卵管で出合い、受精するものだからです。そこで、マウスの卵管に卵子と精子を受精させずに戻す実験をスタートさせたところ、驚きました。いずれのマウスも100%の確率で妊娠したのです」

ギフト(GIFT)法は、この研究をもとに開発された。
奇しくも、臨床試験に協力してくれた母親から健康な赤ちゃんが誕生した日は、国内初の体外受精児(いわゆる試験管ベビー)が死亡した日だった。田中医師はこの事実に、厳粛な運命を感じたという。

ギフト法で赤ちゃんを授かった女性(中央)を囲み、越谷市立病院の仲間たちと共に撮った記念写真

その後、不妊医療はめざましい進歩を遂げ、体外受精は成功率・安全性ともに改良され、新たな治療法も登場した。

しかし田中医師は現在も、「どうしても妊娠できない患者さんに対する切り札として」ギフト法を使っている。それだけ、理にかなった治療法だからだ。

僕は、患者さんを、自分にとって一番大切な人と同じように想い、リスクのない、安全で確実な方法を追求することをモットーにしています
妊娠が叶わなかった場合のメンタルケアにも気を配っていますよ。不妊症治療のゴールは妊娠ではありません。健康な赤ちゃんを産ませてあげて、その子が成長した暁には、結婚式で両親に花束を渡して、『産んでくれてありがとう』と言ってもらえるような子作りを実現させてあげたいんです」

権威に囚われない発想力
その源は異分野とのコラボ

「臨床と研究は車の両輪です。研究しないと、今の医療でできないことは、いつまで経ってもできませんからね」

田中医師は力説する。

研究仲間は、医師ではなく、様々な基礎科学の専門家たち。しかも組織ではなく個人同士で繋がるのが流儀だ。学会誌等を読み、興味を持った相手には即座に連絡を取って、会いに行く。

そのようにして知り合った仲間には、STAP細胞で有名になった若山輝彦氏もいる。

「受けた教育が同じだからでしょうか、医者同士だと発想も似通いがちですからね。何より、日本の基礎科学はレベルが高く、世界一だと思います。その人たちと、個人レベルで繋がり、研究するのは本当に面白い」

深夜のセントマザー産婦人科。顕微鏡がずらりと並ぶ研究室には、ただ一人、田中医師の姿があった。母校の順天堂大学から預かった大学院生の医師兼研究スタッフらも全員帰宅した後も、熱心に顕微鏡を覗いている。

もっか没頭しているのは、老化した卵巣機能を再び取り戻すような研究だという。

「どうしたら研究が上手く行くか、考え出すと止まらないんですよ(笑)。患者さんの喜ぶ顔が見たいから。そういうところは結局、臨床医なんですね、僕は。これからも生涯現役で頑張ります」

田中 温 Atsushi Tanaka

セントマザー産婦人科医院院長

1976年順天堂大学医学部卒業、同大学大学院医学部産婦人科卒業、越谷市立病院産婦人科医長を経て、90 年福岡県北九州市にセントマザー産婦人科医院を開業。順天堂大学医学部客員教授。初診診察は、月曜~土曜の午前と午後。木曜は午前中のみ。予約は不要。毎日新患の受診が可能。金・土曜は大変混雑する。外来診察は年中無休で24:00まで、日曜、祝日も診察している。ただし時間外、休日は要予約。ホームページから院長へのメール相談も可能。遠距離通院患者のために全国各地の病院と連携を取っているほか、毎月一回、不妊カウンセリングin東京(完全予約制)を実施している。https://www.stmother.com/

Writer Profile

木原洋美 Hiromi Kihara

医療ジャーナリスト

週刊現代『日本が誇るトップドクターが明かす』(講談社)、ダイヤモンドQ『がん 心臓病 脳卒中 備え方・付き合い方』(ダイヤモンド社)、ドクターズガイド(時事通信社)等、雑誌・ムック本を中心に企画・取材・執筆を多数手掛けている。ダイヤモンドオンライン(ダイヤモンド社のWEB)コラム好評連載中。

 

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