看取り大国ニッポンの在宅医療【第3回 全ての仕事に通じる人間力とは】

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2017.08.04 Fri.  松山あれい

超高齢社会を迎え地域包括ケアシステムが整備されつつある今、核となる在宅医療の現場では、何が求められているのか。【第1回 延命治療から緩和ケアへ】【第2回 医療資格を持たない医療のプロ『PA』が生まれた必然】に続き、最終回では“業界未経験者を医療のプロに育てる”やまと診療所の人材育成ノウハウが惜しみなく公開された一般向けセミナーを取材した。

看取りの現場で求められる、意外な“医療人としての要素”

取材したのは、2017年4月13日から5月25日まで計6回にわたって催されたやまとオープンカレッジ主催の社会人向け「人間力養成オープンセミナー」だ。

やまとオープンカレッジの母体は、東京都板橋区の医療法人社団 焔(ほむら)やまと診療所。「自宅で自分らしく死ねる。そういう世の中を作る。」という理念をかかげ「病気を診るのではなく、人を見る」をモットーに、患者や患者家族の“その人らしさ”と向き合いながら、数えきれないほどの看取りをサポートしてきた在宅診療所だ。

やまと診療所には、医療資格を持たない在宅医療のプロフェッショナル『PA』という独自の職種がある。『PA』は日々、患者一人ひとりに向き合い「人生の最期の時間をどう過ごせば、その人らしくいられるのか」を考えながら、在宅医療におけるありとあらゆる課題に取り組んでいく。

在宅医療のプロである『PA』に求められるものは、何なのだろうか。やまと診療所広報の渡部氏に、医療人として必要な要素を尋ねたところ意外な答えが返ってきた。

「医療人に必要な要素というと、医療知識や技術のような“テクニカルスキル”をイメージされるかもしれませんが、私たちがそれ以上に大切にしている要素は“スタンス”です。ここでいう“スタンス”とは、“仕事に向き合う姿勢”です」(渡部氏)

では、医療のテクニカルスキルよりもスタンスを大切にしているのは、なぜなのだろうか。その理由と、スタンスを確立するために行っていることを聞いた。

「この姿勢(スタンス)は、その人の持つ本質的な想いや譲れない心の芯の部分と強く結びついていると考えています。例えば、当院の『PA』のひとりは、次のように話していました。

『私は、希望をすばやく実現することにこだわります。人生の終末を迎えている患者さんやそのご家族にとって、“じゃあまたね”の“また”は来ないかもしれないんです。だから、私は患者さんの言葉に耳を傾け、希望をすばやく実現することにこだわります。希望が実現できたときの患者さんやご家族の笑顔が本当に嬉しいんです』

この『PA』の譲れない想いが、仕事に向き合う姿勢(スタンス)に結びつき、患者さんやご家族の笑顔に繋がっているのだと強く思います。どんなに立派な理想を持っていたとしても、仕事に向き合う姿勢(スタンス)がなければ、理想を実現することはできません。そこでやまと診療所では、スタンスを確立するために、まずその根幹となるスタッフ自身が持つ想いや譲れない心の芯の部分に気づくための研修を行っています」(渡部氏)

今回取材した「人間力養成オープンセミナー」は、その研修を一般向けに再編したものだ。
各回のタイトルは次の通り。

第1回「志す1」~自己理解・自覚
第2回「伝える1」~傾聴・他者理解
第3回「伝える2」~表現・琴線に触れる
第4回「志す2」~共有・導く
第5回「挑む1」~課題発見・課題解決
第6回「挑む2」~行動・不撓不屈

“家族にすら話して来なかったことを打ち明けた”研修

やまと診療所に入職したスタッフは、『PA』を目指す人も他の職種の人も、原則として全員が、前述の“スタンスを確立するための研修”を受ける。管理職も例外ではなく、院長の安井医師もこの研修を受けたという。

入職者の学歴や職歴は多種多様で、業界未経験者も少なくない。その中のひとり、転職前は熱帯魚ショップの店員だったというスタッフに尋ねたところ「今まで、誰にも、家族にすら話して来なかったことを、研修を通じて同期の皆に打ち明けました。この人たちに聞いて欲しいと思ったからです」と教えてくれた。

医療業界未経験者ゆえに研修の影響が大きいのかと思いきや、医療業界出身の某スタッフは「研修を受けて、号泣してしまった」そうだ。

経験豊富に見える別のスタッフも「研修を通じて、これまで自分が出来ていると思っていたことが、本当は出来ていなかったことに初めて気づきました」と話す。自身の仕事を振り返って“本当は出来ていなかった”と認めることは、これまでのキャリアを自分自身で否定することに他ならない。

自分自身が持つ想いや譲れない心の芯の部分に気づくためには、このように徹底的に自分と向き合う必要がある。そして、こうした苦しい作業を経て初めて、業界未経験者が在宅医療のプロに生まれ変われるということなのだろう。

とはいえ、もちろんこの研修は苦しいだけ、辛いだけの経験ではない。スタッフ何名かに感想を聞いたが、皆他では得られない何かを得たようだ。誰ひとりとして「研修を受けなければ良かった」と言う者はいなかった。

全6回のセミナーを受講した参加者がやまと診療所に招待され、希望者は研修で学んだ成果を活かし「“おのれ”がどんな人間で、どんな人生を歩んできたのか」自己紹介を行った。
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