ギプスだけで骨折がなくても痛み発生!日本人が学ぶべき、驚きの痛み医療

Opinion

2017.09.22 Fri.  木原洋美

「痛み」の正体解明への歩み

愛知医科大学医学部・学際的痛みセンター センター長  牛田享宏医師

牛田医師がこれまで歩んできた、痛みの正体解明への道は実に面白い。
そのベースは「電気生理学」だという。これは生体に発生する電気現象や生体に対する電気作用について研究する医学の一分野。脳波・心電図などが、臨床診断に広く応用されていることからも分かるように、生命とは電気≒イオンの流れ≒電磁波形成そのもの。かのフランケンシュタイン博士が、死体を繋ぎ合わせ、電気ショックを与えることで怪物に生命を吹き込んだように、電気の流れこそが、生命の謎を解明するカギになる。

父親が国立大学の工学部教授、祖父は医師という家庭で育った牛田医師は、人体を工学的にとらえる素養があったのかもしれない。

自身、高知医科大学(現高知大学医学部)の学生時代に2度、バイク事故で大怪我を負い、神経を痛めたことがきっかけで、「電気で神経の麻痺を治すことができないか」と考えるようになり、卒業後,同大学整形外科に入局。脊椎・脊髄疾患に特化した診療・研究・教育に取り組む脊椎外科グループに所属し、電気生理の研究をはじめた。

「側弯症(脊柱が変形する病気)に対して特殊なスクリューを入れて矯正すると、見た目は治っても、神経が引っ張られて足が動かなくなったりします。あるいは脊椎のなかに骨ができてしまう病気を治すために、顕微鏡手術でその骨を削ると、麻痺が起きてしまう可能性がある。危なくてしょうがない。メカニズムを解明し、安全に手術できるようにしたい、悪いところだけを削れるようにしたい、というわけで僕は、脳や腰から脊髄に電気を流し、拾い、記録して、コンピューターでシミュレーションをし、波形をモニターしながら行える手術法を提案をうけながら開拓したりしていました。

大きな問題は、『脊椎内の圧迫をなくしたらどうなるか?』ということでした。圧迫をなくせば症状が全部改善するかというと、そんなことはないんですね。たとえば手は動くようになったけど、痛くなりました、という患者さんが結構いたのです。そうした痛みをなんとかモニターできないか、原因をもっと調べてみたいと思うようになり、当時、『痛みを電気生理学的に評価する』研究が進んでいた米国のテキサス大学を留学先に選びました」

当時29歳。若き牛田医師は留学先である実験を行い、従来の痛みの概念を覆すような驚きの発見をした。

驚きの発見1
ギプス固定しただけで、骨折してなくても痛がる動物ができる

実験の目的
「CRPS(複合性局所疼痛症候群)」のメカニズムの解明。
CRPSは、1994年に国際疼痛学会で「骨折などの外傷や神経損傷の後に疼痛が遷延する症候群」と定義された名称。遷延(せんえん)とは長引くこと。つまりCRPSは、ケガやなんらかの原因により神経が傷ついた後に、痛みが長引く症状を指す。その「痛み」は、きっかけとなったケガや神経損傷と不釣り合いなほど重度であったり長期間続いたり、あるいは無関係の部位が痛んだりすることがある。
痛みが発生・持続するメカニズムは、いまだに解明されていない。

実験の方法
CRPSの病態が一番よく起こるのが、骨折後にギブスをしていた人たちであることから、A=「骨折させた片手をギブス固定したラット」とB=「骨折なしの片手をギブス固定したラット」の2種類のグループを飼育し、調べた。

結果と考察
両者ともに、ギプスをはずした後も、全く使わないラットが出現した。調べてみると、使うほうは筋肉隆々だが、使わない手は当然ながら筋肉が痩せており、骨も弱くなっていた。
予想では、Aグループだけが、手を使わなくなると考えていたが、そうではなかった。
しかも驚いたことに、Bのラットも、手を痛がるようになった
骨折したら痛いのはあたりまえだが、骨折がなくてもギブスで固定しただけで痛くなるのはなぜか?

そこで、Bのラットの脊髄に針を刺した状態で、手に痛みの刺激を与え、脊髄の細胞の様子を調べたところ、それまでは反応しなかったような些細な刺激でも反応する「痛がり動物」に変化していることがわかった。

つまり、ケガをしていなくても、ヒトは痛くなることがある。
帰国した牛田医師は、およそ5年がかりで論文をまとめ、発表。国際的に評価され、世界中の痛み研究に影響を与えたが、その後はしばし、高知大学医学部附属病院での診療等に忙殺され、研究を中断させていた。

その間に、痛みの研究を進化させたのが、後に、牛田医師が赴任することになる、愛知医科大学のグループだった。

驚きの発見2 
ミクログリア(病気やケガによる損傷から脳を守る=免疫防御を担っている細胞)は、ギプスをつける程度の刺激でも活性化する。

※ 痛みの基礎研究における世界的権威である愛知医科大学の熊澤孝朗教授による。

実験の目的
「CRPS(複合性局所疼痛症候群)」のメカニズムの解明。

実験の方法
骨折なしの片足を2週間ギブス固定して慢性痛症にしたラットの、ギプス除去後の痛がり方と、ミクログリアの様子を調べた。

結果と考察
ギプス除去後1日目から、固定部から離れているにもかかわらず、足底や尾を痛がっており、その後も痛がり方は悪化。13週目にようやく、回復傾向を見せた。痛がるのに伴い、脊髄のミクログリアも活性化していた。

慢性痛には、ギプス固定程度の刺激でも活性化するミクログリアが関係している可能性がある。(ミクログリアは痛みで悩んでいる人の脳内でも活性化していることが分かってきている)

この業績に触発された牛田医師は、研究を再開。
おりしもその頃、fMRI(ファンクショナルMRI)が登場し、ヒトおよび動物の脳や脊髄の活動に関連した血流動態反応を視覚化することが可能となり、さっそく、実験に取り入れた。

驚きの発見3
重症の慢性痛患者は、痛みにつながる映像を観るだけでも痛くなる
(痛みを生じさせるのに、本物のケガは必要ない)

実験の目的
軽く触れても飛び上るほど手を痛がる患者に痛み刺激を与えた場合、脳のどの部分が反応しているのかを調べることでCRPSのメカニズムを探る。

実験の方法
上記のような患者にMRIのなかに入ってもらい、その状態のまま、ビデオの画面が観られるようにする。画面に患者の手に触れている様子を映し出し、脳の様子等を観察する。

結果と考察
実際には触れていないにもかかわらず、患者は、触れられているのと同じように苦痛を訴えた。その際、反応しているのは、脳内の、記憶、情動に関係する部分で、健常者なら反応する「視床(嗅覚を除き、視覚、聴覚、体性感覚などの感覚入力を大脳新皮質へ中継する重要な役割を担う部分)」は反応しなかった

とんでもなく痛い慢性痛患者は、痛みにつながるビデオを観るだけでも、とんでもなく痛がることが分かった。
以降は、「梅干しの画像を見せたら、脳のどこが反応するか」という実験を行い、画像を見るだけでも唾液が出たことから、「梅干=酸っぱいという記憶さえあれば、唾液が出る」ことを確認。

さらに腰痛持ちの医学部生グループと、まったく腰痛経験がない医学部生グループに、「腰痛になりそうな動作の写真」を見せ、比較・観察する実験を敢行。腰痛持ちグループが、絵を見るだけでも不快に感じること、その際の脳の反応は、腰の痛い部分を押した時のパターンとほぼ同じであることを確かめた。

「リアル体験と写真を見る体験がなぜ、ほぼ一緒なのか。説明するには、我々はプリミティブなことを考えなければならない。
たとえばどうして人は、他人があくびをしているとあくびがでるのか。それは『ミラーニューロン』という、他人がやっている行動を無意識にコピーしてしまう…子どもがいろいろ学ぶときに相手の真似をしながら上手になって行くのと同じような仕掛けが我々にはそもそもあるからではないかと考えられています。
同様に、腰痛の人は、痛そうな動作を見せられるだけで、自分のことのように受けいれることができると言う仕掛けがあるのかもしれません」

そうして、牛田医師らは我々の苦痛や喜びは、記憶に相当左右されていると確信し、「慢性痛」の治療では、「痛みの記憶の部分をいかにコントロールするか」「梅干の写真はしょせん写真に過ぎず、本物ではないということを、患者にいかに理解してもらうか」を考えながら、治療しなければならない、というところまで行き着いた。

慢性痛は、「ケガや病気が完治すれば治る」「脊髄の圧迫を取り除きさえすれば治る」というような単純なモノではないことがはっきりしたのである。

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