サラリーマンを経て産業医に――企業にフルコミットする、独自のスタイルを構築する尾林 誉史先生【前編】

Opinion

2017.10.02 Mon.  松田ひろみ

5年間の大手企業勤務を経て産業医に転身した、尾林誉史先生。6社の勤務先企業を抱える東京と、赴任先病院のある長崎とを毎週往復するハードな生活を送りながらも、「丁寧に、できるだけ時間をかけて相手のお話を聴きたい」と穏やかに話す尾林先生を突き動かすものは何か。その原点にある思いを尋ねた。

産業医のワークスタイルには、いまだ「標準形」と呼べるものがない。そんな中、企業の経営、人事・労務、そして従業員一人一人との対話を積み上げ、職場の働きやすさを向上させてゆく尾林先生の手法は、「健康経営」のあり方としても新たなモデルとなりうる可能性を秘めている。

会社員時代のハードワークが
産業医としての原点に

———尾林先生は大学卒業後、大手企業で5年間働いたのちに医学の道を志され、現在は精神科医そして産業医を務めておられるという異色のキャリアをお持ちです。その原点にはどのような思いがあるのでしょうか。

新卒でリクルートという会社に入って働いていたのですが、自分でいうのもおこがましいですけれど、かなりのハードワークが続いた時期がありました。そんな中で崩れそうな自分というのもいたし、崩れていった仲間もいた。それを体感として今でも記憶しています。

「もしあのとき周囲の支えがなかったら」という恐怖と感謝の思いもありますし、つらい感覚、潰れそうな感覚というのが今も脳裏にありありと蘇るんですよ。そして「自分自身はさほど強い人間じゃない」っていう認識もある。だからこそ今、精神科医として、産業医として、つらい思いをしている人に治って頂くお手伝いをしている、そう考えています。

企業と相談しながら
独自の産業医スタイルを構築

———企業での社会人経験のある尾林先生ならではの、産業医としてのワークスタイルを教えてください。

今は長崎の道ノ尾病院に勤務しながら、都内で6社の産業医を務めています。大手からベンチャーまで業種も規模も様々ですね。産業医としてのワークスタイルは、もう完全に無手勝流でやらせて頂いていて(笑)、勤務先の企業さんと相談しながらつくりあげてきたものです。

例えば、従業員規模が100人程度のある会社では、わたしが全社員と一対一での面談を行っています。ローテーションで順に話をしてきて、1年近くかけてようやく一巡しようとしています。
面談には一人あたり最低でも30分、できれば1時間以上をかけ、事前に経営幹部や人事からメンバーについての詳細な情報をインプットしてもらっています。部署、役割、職務内容、性格、それから、仕事を抱え込みやすい傾向があるとか、ちょっと周囲に気を遣えないタイプであるとかいった細かなことまで教えて頂くようにしています。

産業医というと、月1回の安全衛生委員会出席と職場巡視、それから不調者の面談をするものという一般的なイメージからすると随分変わっていると思われるかもしれませんね。

\自社に適した産業医の選任なら/
「エムステージ産業医サポートサービス」にご相談ください。

産業医としては変化球
メンタル不調のない社員とも面談

———全員と面談というのは、特にメンタルに不調を抱えているわけではない社員さんとも話をするということですか。

そうです。というのは、ある時期、その会社からバタバタと離職者が続けて出た時期があったんですね。トップの方は忙しくあちこち外へ出ていらっしゃるし、経営幹部にしてもプレイヤーを兼ねていることが多いので、その下に紐づくメンバーの動向まで丁寧には見られない。上に立つ人が、数週間で社内の様子を把握できなくなってしまう。そういう構造があったんです。

新卒採用は行わずにキャリア採用のみ、即戦力となるメンバーばかりで構成された会社だったので、入社後の社員に対するケアはさほど行っていなかった。その結果、辞めてしまう前の予兆をキャッチできず、退職が相次ぐことになったようです。
そこでマネジメントラインとメンバーとの距離を埋めるという意味でも、不調の気配のない方まで含めてわたしが面談することになりました。このスタイルは産業医としては変化球かもしれませんね。

面談業務を通じて、社員の
「働きやすさ」を定点観測

———面談の様子を教えて下さい。

それこそ「最近どう?」と気軽な雰囲気で、心と身体の不調だけじゃなく、困りごとのよろず相談といった感じですね。全員と時間を取っているおかげで、メンタルについて相談することがタブーといった雰囲気は今はないと思います。

面談していくうちに、「こういういきさつでこの会社に転職してきたんです」とか「いやぁ最近、家庭がうまくいっていなくて」とかいろんな話が飛び出すんですよ。もちろん、その中で臨床家としてのカンを働かせて、今の働き方に違和感を抱いていないか、メンタルの不調が隠れていないかをチェックしています。

その上で、面談の結果は経営幹部にフィードバックしています。企業としての土台がぐらつかないように、社内の働きやすさや環境の定点観測を行っている、とでもいえばよいでしょうか。
最近では大人の発達障害やLGBTといった課題もありますので、必要に応じてクリニックを紹介することもあれば、定期的な面談が必要だと判断した方には、毎月10分の時間を確保して必ず顔を合わせて話をすることにしたり。経営のほうからピンポイントで「今、彼女に辞められては絶対に困るんです。先生、なんとか説得してください」と頼まれるような場合もあります。こういう介在の仕方は、キャリアカウンセラーや人事の仕事とも重なるかもしれませんね。

医師としてだけでなく
元会社員として、一家庭人として話を聴く

———ざっくばらんに社員全員からお話を聞かれる上で、企業勤務経験が活きていると感じる瞬間はありますか。

面談では、社会人としてのバックグラウンドを持っているということはお伝えしています。面談にしっかり時間を頂いているので、冒頭の数分を使って自分自身のことを話すんです。「元会社員として、一人の社会人として、医師として、夫として、父として、ある程度のことはお伺いできますよ」とお話しすることで、皆さんの面談に対するハードルがぐっと下がるのを感じます。

反対に、冒頭から「会社からのこういう指示での面談です」というような形式ばったことは言いません。その代わり、面談終了時に「今日聞いたお話は人事や経営にフィードバックしますが、『ここだけは話さないでほしい』という部分はありますか?」と尋ねています。

「産業医は従業員と会社のどっちの味方なんだ?」というのは永遠の課題だと思うので、そこは中立を保とうと意識しています。でも「これは会社に言わないでほしい」っていうのは意外と少ないんですよ。それより、言う側、言われる側、双方が触れづらいと感じていることをわたしが間に入ってワンクッションおいて伝える、ということが多いかもしれませんね。デリケートな事柄も、産業医が介入して翻訳することでソフトになるのかな、と。

従業員と会社とをつなぐ
接着剤のような存在でありたい

———社員全員に面談させるのは、会社としてかなりのコストや時間を投資していることになります。企業としてそれに見合うだけのベネフィットを感じておられるということでしょうか?

経営側はベネフィットがあると判断してくれているようですね。わたしとの面談が始まってから、たまたまかもしれませんが「原因のわからないまま人が辞めてしまう」ということがなくなったとの、嬉しい声も頂いています。従業員と会社との接着剤になれるように、産業医として意識的に働きかけているという自覚はあります。

離職を未然に防ぐというのは具体的な指標では計測できないことですから、わたしが介在できているのかどうか断言できませんが、企業側には効果は感じて頂いているようです。今後長期的に関わっていくことで、休職率や離職率を減らせたという結果は出るといいですね。

「産業医が従業員全員と面談する」と聞くと驚かれるかもしれませんが、どこを打っても響かないような鈍感力の高そうな人が、急にメンタル不調でダウンしてしまうっていうことはままあるんですね。そんな例を精神科医としていくつも見てきています。頑健に見える方がそうなってしまう一方で、元気がなさそうでも意外と低空飛行のままずっといく人もいる。

その人の持ってる底力やエネルギーの容量の見極めっていうのは、感覚論だけでは立ちゆかない部分です。そこでは臨床家としての知見、産業医としての知見が必要になるところでしょう。だからこそ全員と面談することで初めて明らかになることも多い。

ただし、今後は分業していける部分もあるだろうと考えています。今のやり方というのは、前例のない産業医としてのスタイルを模索してやっていることなので、意識的にフルコミットメントを心がけているんですよ。ですがわたしのマンパワーもそろそろ飽和点なので、これ以上対象が増えるとオーバーしてしまうかもしれません。

だから近いうちに、スタッフをプラスするという提言をしていってもいいかもしれませんね。そのときに同等のコストで産業医を追加するのは、企業にとって効率がよくないかもしれない。もしかすると、お話を丁寧に聴くことに長けたプロフェッショナル、つまり臨床心理士や産業保健師などが協力する仲間としてふさわしいのかもしれません。しかしその場合でも、まず状況を見立てて目鼻をつけるのは産業医の役割でしょうね。

産業医としてのキャリアを考える医師の先生へ
「エムステージ産業医サポート」にご相談ください。

職場にとけ込めるよう
社内証を身につけて巡視に

———産業医というと「メンタル不調や過重労働者の面談業務」「ストレスチェックの高ストレス判定者の面談業務」というイメージが最近では強いですが、職場巡視はされているのでしょうか。

どの企業でも、時間があればとりあえず職場巡視に出るようにしていますよ。社内をふらっと歩いて、「どうも」って。そのときに心がけていることがあって、みなさんに違和感を与えないように、できるだけ社員証を首からぶらさげるようにしています。企業側にお願いをして、可能な場合には、社員証と社内メールアドレスを印刷した名刺を発行して頂いているんですよ。服装ですか? 今日のこんな感じ(ニット素材のボーダーのカットソーに、デニム)のままですね。スーツで出社したことは一度もありません。だから「おっ、新しく入った社員かな」って思われてたり(笑)。

会話は「おつかれさまです」っていうところから入って、すでに顔なじみになっている従業員さんも多いので、「あ、部署変わったの?」とか「ちょっと、顔死んでるけど大丈夫?」とかカジュアルな感じで話しかけるようにしています。

「困ったらいつでもおいで」と
名刺を渡して帰ることも

———職場巡視で気がつかれることはありますか?

産業医は予言者じゃないので、職場を見渡しただけでわかることっていうのはそんなにないですよ。よく「デスク周辺に荷物が乱雑に散らかっていたらまずいぞ」とか言いますけど、そういうのは性格の問題だったりしますからね。そういう見た目からだけではわからないと思ってます。

実際には、巡視に回る前に人事や労務の方から「今回は、あの辺りの島をできれば時間かけて見てもらえませんか」などと頼まれることも多いですね。そういうときは事前に情報をインプットしておいて
「最近、上司の方が変わられたんでしょ?」と声をかけて
「えっ、尾林先生、なんで知ってるんですか!?」って驚かれたり。それで
「ぶっちゃけ、やりにくさはない?業務量とか大変じゃない?」「もしマネージャーに直接言いにくいことがあるなら、一緒に解決策考えましょうよ」って。
「困ったらいつでもおいで」って声をかけて、本当につらそうな人には社内名刺を渡していきます。

その辺が自分なりの職業的な線引きで、自分のプライベートのメールアドレスを開示してしまうと、やっぱりよくないと思うんです。だからその企業での社内アドレスを取得しておいて、困っている社員さんが、本当につらいときに社内メールで相談してこられるようにしています。

そういう意味では、職場巡視の目的は、巡視そのものにあるのではなく、何かあったときに声をかけてもらいやすい環境を整えておくことにあるのかもしれませんね。

>> 後編に続く

\健康経営を推進する「産業医」を選任するなら/
「エムステージ産業医サポートサービス」へ!

Writer Profile

松田ひろみ Hiromi Matsuda

富山県生まれ。東京大学文学部卒。株式会社リクルートを経て、フリーランス編集者に。ヘルスケア、ベビー&マタニティ領域でのライティング経験多数。

Share
Share