企業の社員にも経営にも関わることのできる 「産業医の醍醐味」を広く伝えたい。尾林 誉史先生【後編】

Opinion

2017.10.11 Wed.  松田ひろみ

5年間の大手企業勤務を経て産業医に転身した、尾林誉史先生。6社の勤務先企業を抱える東京と、赴任先病院のある長崎とを毎週往復するハードな生活を送っている。産業医として企業にフルコミットする独自のワークスタイルを追った前編に続き、後編では、サラリーマン経験を持つ異色の存在だからこそ感じることができる産業医の面白さとやりがい、そして未来の産業保健のあり方についてお届けする。

困ったらふらっと相談できる
「職場の保健室」を目指して

———一般的には、産業医の先生に気軽に話しかけるのは社員にとって難しいことだと思います。その辺りの雰囲気づくりはどう心がけておられますか。

前編でお話ししたように職場巡視を通じて直接的にケアできる体制を用意しています。あとは社内メールやFacebookの非公開の社内掲示板のような、ざっくばらんな場でも意識的に発言して「尾林先生って何者なんだろう?」とみんなから思ってもらえるように心がけています。

というのは、よくある「産業医は最後の砦」みたいな悲壮感は出したくないんですよ。「ドアの開け放たれた職場の保健室」とでも言えばよいでしょうか。社員のたまり場になっちゃいけないでしょうけど、困ったときにふらっと相談してもらえる存在になれたらいいですね。

でも、わたしが直接ケアできることっていうのはごく一部なんです。また、マネジメント側の意識というのも本当に人によってまちまちなんですよ。部下の様子に気を配っている人もいれば、「メンタルの問題?そんなの気の持ちようでしょ」と考えている人もまだまだ多い。
だから気にかかる社員さんがいたら、そのグループのリーダークラスの人に「最近どうですか?」ってざっくり聞いてしまいます。メンタル不調については、ご本人の直上の上司からアラームが来るのが一番信憑性が高いんです。人事や労務から見ているだけでは、本当にわかりやすい氷山の一角は拾えても、それ以外がカバーできないと思っています。

だから今は「あの人ちょっと今つらそうじゃない?」って声を上げてくれる人を増やそうとしているところなんですよ。「昨日飲みにいったら、あの人結構ブラックなこと言ってたよ」「えー、キツいんじゃないの」とか、そういう予兆を直上のリーダーが拾って、わたしに相談してくれる。社員全員で全員についての気づきを持って共有できる。そういう状態が理想的で、最も予防効果があるんじゃないでしょうか。だから「ぶらぶら巡視」によって、少しでもそういう環境に近づけられたらいいなと考えています。

どこまで支えるか。
見極めは、相手によって変える

———丁寧に面談をされていると、相手から依存されることは起こりませんか?

それはあります。特に性別が異なると陽性転移といって、ご本人が「この人に見捨てられたら終わりだ」というくらいの心境になってしまうことがあるんですよね。対応策としては始めにルールをつくるしかありません。臨床家の見立てとして、初期の段階でこの人は依存しそうだな、というのはわかりますから、事前に自立するポイントを設定するのが重要です。

あまりに早く手を離して、相手が「わたしの存在なんて価値がないんだ……」という心境に陥るのもよくないので、依存しやすい人には通常よりは長めに一緒に歩いていく意識でいます。それで「ここまではわたしがお手伝いしますから、ここからは独り立ちしましょう、松葉杖でもいいから一人で歩いてみましょうよ」って。でも、そういうやり方をしていると、勤務先の病院でときどき看護師さんから「先生は甘過ぎますよ」って叱られるんですけどね(笑)。

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離職は企業にとって大きな損失
大事じゃない社員なんて一人もいない

———非常に精力的に産業医として企業にコミットされていますが、面談業務などを通じての疲労感はありませんか?

精神科の臨床も、産業医も、どちらも時間をかけることが重要だと思っています。
よく「3分診療」と揶揄されますけど、都内だと精神科の診療もやっぱり5分、10分で診察を切らざるをえない。だけどそれじゃ、なかなか患者さんの懐には入れません。精神科医としては今は長崎を拠点に働いていますが、患者さん一人30分くらい診療時間を取るようにしています。

産業医としても「なるべく時間をかける」というモデルで、今のところはいいんじゃないかなと思っています。よく「大変じゃないですか」って言われるんですけど、わたし自身のストレスや疲労感は比較的ないんです。わたしが相手のことを分かるのはもちろん、相手もわたしのことが分かるし、とてもよい関係になれるんじゃないかと思うんですよ。

企業にとって、戦力となっている方が辞めちゃうっていうのは、非常に大きな利益損失じゃないですか。大事じゃない社員さんなんて一人もいないんです。その人が不幸な辞め方をしないために何かしらお役に立てるなら、とても嬉しいことだと思っています。だからこそ産業医としてはフィーのディスカウントはしないように意識しています。それはお金が欲しいからじゃなくて、価値までディスカウントしてしまわないためです。その分、ものすごく時間と手間をかけていて、これだけやっていると多分通常の産業医の先生よりも時給は全然低いと思いますけれど(笑)。

「治してあげよう」ではなく
「一緒に考えようよ」という姿勢で

———頻繁な面談業務や職場巡視を行いながら「疲れない」と言い切られるのは、すごいことですね。

企業へのコミットメントが深くてもそれほど疲れを感じないのは、精神科の治療スタイルや臨床の感性というものが、産業医としても活きているからじゃないかと思います。
実は、「わたしが(相手を)治している」って考えると多大なエネルギーが必要になるんですよ。「相手をどうにかしてあげよう」っていうおこがましさがあると、ついつい「背負いこむ」ことになって疲れちゃう。医師側が「よくしてあげたい」からスタートすると、「どうしてうまくできないんだ」「なんでよくならないんだ」って不全感に陥ってしまうんです。

そうじゃなくて、わたしの場合は「ふむふむ」「そうかそうか」と話を聴いて、「じゃあ、この辺を眺めてみたら?」「ここも掘ってみたらどうかな」と相手と一緒に考える時間を共有しているだけなので、さほど疲労感はないんです。わたし自身、売り込みがうまい器用なタイプではなくて、何と言うか「他力」や「あきらめの感覚」というのが考え方の根っこにあるのかもしれませんね。

そして、そんな姿勢で面談を重ねているうちに、あるときご本人から「あの、先生、自分の中で何か変わってきてます」「吹っ切れました」って言われるんですね。そうすると疲れが吹っ飛ぶんですよ。
その臨床家としての感覚、あとは会社員としてタフな現場でやっていたときの記憶があるので、その二つから、今つらい状況にある人を目の前にすると、どうやっても味方になってあげたいって思っちゃうんですよね。

「産業医は面白い仕事」と
医師や学生たちに伝えたい

———産業医としてどのような展望をお持ちでしょうか。

企業にコミットするこういう仕事を、同じ熱量でやる仲間が欲しいと今は考えています。産業医は本来ならば16万人必要なところ、国内に9万人しか有資格者がいません。そしてそのうち産業医として稼働しているのは3万人だけです。その中で、やる気が高くて、かつ産業医業務に時間を割ける人となると、さらに絞られますよね。
牛歩かもしれませんが、だからこそ「産業医って面白い仕事だと思いませんか」ってことを伝えていきたい。潜在的な先生はたくさんいると思うんですよ。

今は大学の医学部の課程で産業医についての授業ってないに等しいんです。だから産業医について何も知る機会がないまま医師免許を取得する人が多いのですが、もっと早い段階で学生さんにも知ってもらえたらいいですね。

社会人を経て医師になる方も着実に増えてきています。身体科に進めばそちらの業務で手いっぱいになってしまうでしょうけれど、もし精神科を目指すのであれば、ぜひ産業医とのパラレルキャリアも考えていただけたらなぁ、と思っています。その方の社会人経験というのは非常に貴重なものですから、産業医として活用しないのはもったいないですよ。

とてもやりがいのある仕事です。つらい状況にあった従業員の方が回復された姿を見るのもうれしいですし、経営者にも経営者としての悩みがありますから、そこに産業医として介在できて、「いつも助かってます」「ありがとう」って言われると、自分がどんな状況にあっても嬉しくなりますね。元気が出てきます。それがまた次の仕事に向かうエネルギーになるんです。

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尾林 誉史 Takafumi Obayashi

医療法人厚生会 道ノ尾病院

東京大学理学部を卒業後、企業で5年間勤務。産業医を志し、2007年に弘前大学医学部に学士編入。2011~13年、東京都立松沢病院にて初期臨床研修。2013年、東京大学医学部附属病院精神神経科に入局。同時期に、精神科の後期研修を岡崎祐士先生(前・東京都立松沢病院院長)のもとで行うべく、長崎市の道ノ尾病院に赴任。現在、主に東京に本社を置く企業6社での産業医も務める(2017年9月現在)

Writer Profile

松田ひろみ Hiromi Matsuda

富山県生まれ。東京大学文学部卒。株式会社リクルートを経て、フリーランス編集者に。ヘルスケア、ベビー&マタニティ領域でのライティング経験多数。

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