線虫がん検査が世界のがん医療を変える!N-NOSE開発物語

Technology

2017.10.17 Tue.  木原洋美

わずか尿1滴。線虫ががんの匂いを嗅ぎ分ける。しかも、95%以上という驚きの高精度で早期発見を実現――。日本中を驚かせた線虫がん検査『N-NOSE』。あまりの衝撃と可能性に悪質な類似品も後を絶たない今だからこそ、開発秘話に迫りたい。開発者の広津崇亮氏、自動解析装置を開発した日立製作所、臨床試験に協力する南風病院。三者の立場から、がんのあり方そのものを変える可能性を秘めた壮大なプロジェクトを追った。(HEALTHCARE Biz編集部)

尿検査でがん発見
翌週、治療完了!

20XX年、今から10年も経たない近未来の秋。

A子さん(43歳)は病院で受けた採尿によるがん検査で「陽性」の判定が出た。この検査は「N-NOSE」といい、がん患者の尿を驚異的な確率で嗅ぎ分ける線虫の能力を活用するもので、その感度は95%以上※1たった一滴の尿を調べるだけで、ステージ0の超早期がんの存在まで検知してしまう。しかも検査代は一回数千円※2とかなりお手頃。

だからだろう。2020年の1月に実用化されて以来またたくまに普及し、今や「がん年齢」と呼ばれる40代以上の国民の6割以上※3、働き盛りの40~50代ではほぼ100%が年一回、定期的に「N-NOSE」を受けている。企業や自治体のなかには補助を出し、検査を義務付けているところもある。A子さんも会社の健康検診で、この数年毎年受けてきた。

検査結果を示しながら医師は言った。

「陽性ですね、あなたの身体の中にがんが有ることはほぼ間違いありません。でも、一年前は陰性でしたから、がんが有るとしても、恐らく早期なので、あまり心配しなくとも大丈夫ですよ。がん種を特定するために、今日は採血をさせていただきます。2018年に国立がん研究センターが開発した検査法で、2万円かかりますが、たった一滴の血液を調べるだけで、13種類ものがん種を95%程度の確率で発見することができるんですよ。結果は来週わかります。わかり次第、すぐに治療を始めましょう」

説明を淡々と受け止め、帰路についた。自分の中にがんがある、というのは不思議な感覚だったが、特に不安は感じない。というのもこの数年、周囲には「尿検査でがんが見つかったけど、超早期だったから、すぐに治った」という話しがあるばかりで、入院したとか、外科手術したとか、まして死んだという話しはとんと聞いた記憶がないからだ。

自覚症状がまるでない分、インフルエンザよりも怖くない病気になったような気がしている。

そして一週間後、A子さんは大腸がんと判明。

翌日にはすぐに消化器センターで内視鏡手術を受け、ステージ0だったがんは数分で除去された。後日、再び「N-NOSE」を受けて、がんが無いことを確認し、A子さんの「がん闘病生活」は2週間も経たないうちに終わった。

* * * * *

――この話は、近未来のフィクションだが、文中に登場する「N-NOSE」も「血液一滴のがん検査」も2017年10月現在、数年以内に実用化されるメドが見えている。つまりこの話は既に、甚だノンフィクションに近いものなのだ。

※1 2017年9月現在 HIROTSUバイオサイエンス提供の資料より
※2 試算から導き出した予想価格
※3 現在は34割。国は50%をめざし、啓蒙活動を行っている。

強すぎる臭いは苦手
仕事の前には「禊」する

「N-NOSE」について、改めて説明しよう。
その特徴は、なんといっても「線虫」という生物を利用することだ。

線虫の名前は「シー・エレガンス」。移動する際の姿が「優雅な動きをしている」というのが由来。研究者の「線虫愛」が伝わってくる。

線虫(野生型)のプロフィール

  • 体長は約1ミリ、色は透明。目視可能だがあまりにも小さく、粉みたいなルックス。
  • 活発に活動する気温は23度。それ以上寒かったり、暑かったりすると動きが鈍る。意外と繊細
  • 最適な条件下では、プレートの左から尿のあるところまで、およそ10分で移動を終える。
  • 好物は大腸菌。寒天培地上で大腸菌を餌にして育つ。ゆえにエサ代はすこぶる安価。
  • 『特技』は、「がん患者の尿に誘引され、健常者の尿には忌避する」性質で、がんの有無を教えてくれること。
  • 嗅覚が優れている。人間の約3倍、犬より多い1200個の嗅覚受容体を持っている。
  • ただし、同じ臭いでも強すぎるのは苦手。尿は薄めないと近づかない
  • 寿命は約20日。生後何日目の線虫が一番嗅ぎ分け能力があるかは企業秘密。
  • 雌雄同体なので、かけ合わせは不要。増やしやすい!
  • 冷凍保存可。半永久的に株を保持できる。
  • 検査のお役目を果たす際には、身体を洗う。いわば禊(みそぎ)。大好物の大腸菌を洗い流しておかないと、がん患者の尿の臭いに反応してくれない

生き物ゆえに、安定した働きをしてもらうには体調管理や環境整備が重要。機械化は、作業のスピード化よりも、人間の手技の再現が求められ、開発チームを悩ませた。

検査方法の詳細は後述するが、機械化(自動化)するとはいえ、手順はあくまでも「人が手で行う作業」に準じており、検査ロボットは線虫にストレスを与えないよう丁寧に動く。

こうして「N-NOSE」は、生物の能力でがんを見つけ出し、従来の検査法にはない、次のようなメリットを発揮してくれる。

  1. 苦痛がない⇒必要な尿の量はたったの1滴
  2. 簡便⇒尿の採取には特別な条件を定めていない。たとえば前日の食事制限等も不要
  3. 早い⇒手作業では約1時間で結果が出る。全自動化されれば、さらに短時間で多数の検体解析が可能になる
  4. 安価⇒人件費以外に必要なのは寒天と大腸菌だけ。PET-CT等の医療機器と比べ、断然安い。自動化すればさらに安価に。導入コストが安価なので、発展途上国での導入も可能
  5. 様々ながんを一度で検出できる⇒がんスクリーニングに適している。
    【線虫が反応することが分かっているがん種】
    胃がん、大腸がん、膵臓がん、食道がん、胆嚢がん、胆管がん、前立腺がん、乳がん、肺がん、盲腸がん
  6. 早期がんでも検出できる⇒ステージ0、1のがん患者の尿にも反応
  7. 高感度⇒従来の腫瘍マーカー、早期のがんに対する感度が低かった(進行がんにならないと見つけられない)が、N-NOSEは早期がんでも感度が変わらない
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