あの大物も再起をかけた日本一のリハビリテーション病院――進化するリハビリテーション医療1

Opinion

2017.11.24 Fri.  木原洋美

「患者の人生に責任を持つ」覚悟の覚醒

初台リハビリテーション病院にて。「全員がイーブン」が信条の同院には、理事長室は存在しない。石川医師も、スタッフと同じ部屋、同じユニフォームで働いている。

石川医師が脳神経外科医からリハ医に転身したのは1970年代。日本のリハビリテーション医学はまだ夜明け前。医学部にリハビリ講座はほとんどなく、診療科としても、北大、東大、鹿児島大の3大学に診療部があるだけ。おまけに新米時代の石川医師は、夢と希望に満ちて選んだはずの脳神経外科で、「しまった!」と、途方に暮れていた。

「手術をしても、患者さんがよくならない。命は助かっても、障害が残ってしまう。こんなことを一生続けて行くのかと悩みました」

ようやく、進むべき道をみつけたのは医師になって3年目、佐久総合病院(長野県)で執刀した40代男性の脳腫瘍手術がきっかけだった。歩いて入院してきた患者が、術後、寝たきりになってしまう。すると、“偉大なる恩師”と敬愛していた当時の若月俊一院長は厳しい口調で言った。

君が手術したのだから、この患者さんの人生は、すべて君が責任を持たなくてはいけないよ

頭のなかが真っ白になるくらいの衝撃を受けたが、この一言で、医師としての覚悟が定まる。さらに心を揺さぶられたのは、若月院長の強い信念だった。
医療はすべて地域医療。地域住民の生活を考えない医療は医療ではない
生命を助けるだけでなく、ちゃんと地域に戻り、自立した生活ができるまで回復させてあげてこそ真の医療。100%共感した石川医師は、地域医療の実践に向かって走り出す。

それにしても脳神経外科医とリハ医では、そんなにも医療に対する姿勢が異なるものなのだろうか。

「当時は違いましたね。たとえば身体の片側だけが不自由になる片麻痺は、脳梗塞の代表的な後遺症ですが、右片麻痺と左片麻痺では、職場復帰率に大きな差がある。右はしばしば失語症になり、左は判断力や整理整頓能力が低下します。世の中右利きがほとんど。利き手が使えない上に言葉もでない、右片麻痺の方が職場復帰率は低いと思いますよね。ところが実際は、左片麻痺の人の方が復帰率は低くなる。仕事ができないからです。
ですが、そういうことを脳神経外科医に言っても、『そんな馬鹿な事あるわけがない』と一笑にふすだけでした。患者さんが術後、どういう生活に戻って行くのかを考えるという発想がなかった」

高知に赴任し、理想のリハを実践する

(患者さんを寝たきりにさせないにはどうしたらいいのか。その糸口はリハビリにある)と考えた石川医師は、複数の医療機関を渡り歩き修業に勤しんだが、納得の行く手本には出会えなかった。いずれも一長一短あるなかから、いいところだけ学び取り、理想像の参考にする日々。当時、医師の世界でもリハビリへの理解度は低く、上司や同僚からは「医者がやる仕事ではない」と諭された。やっとの思いでたどり着いた正解は、名門虎の門病院の本院ではなく、多摩川を渡った川崎市の分院(神奈川県)にあった。

「凄い看護がありました。どんな患者も寝かせきりにしない。ベッドから起こして、動かす。自立して生きていける力を取り戻すことこそが看護だという核になる理論があり、実践されていたのです。あとはここに、医師、理学療法士、作業療法士、ソーシャルワーカー等々でチームを組み、一丸となって協力すれば、鬼に金棒。理想のリハビリができると思いました」

その後、スカウトされて赴任した近森病院(高知県)は、救急医療と手術は一流だったが、救命した患者はベッドに寝かせきりという「寝たきり製造病院」だった。

「いいチャンスだと思いましたね。伸びしろは大きいほうがいい。虎の門病院で見つけた理想のリハビリを実践し、地域医療のあるべき姿に変えようと張り切りました」

大改革に乗り出した石川医師は、付き添い看護を撤廃させ、基準看護と各種療法士によるチームアプローチのリハビリテーション病院を、当初与えられた郊外の土地ではなく、市街地に建つ近森病院の向かい側に開設した。

「付き添看護が当たり前と思っていた家族の皆さんからは、不安の声があがりました。でも、そこはしっかりした看護ができる上に、自立支援の技術もあるスタッフがきちっと結果を出すことで、納得してもらいました」

かくして石川医師は、最高水準のリハビリ施設を持ち、かつ街中にある、日本では唯一無二の民間リハビリ病院を誕生させることができた。ただし、立ち上げ以来、3年間は大赤字。「石川さんに近森をつぶされる」と病院の理事長は悲鳴を上げたが、なんと4年目、経営はいきなり黒字に転じた。

「基準看護の病院におけるリハビリテーションの診療点数がアップされたんです。国もその必要性を認めたと言うことでしょうね。患者さんがどんどんよくなることが証明できたわけですから。それで調子に乗って、今度は土日祭日も休みなしでリハビリができる体制に変えました。これには反発するスタッフも当然いて辞職者が相次ぎ、最終的には総入れ替えに違い状態になりました」

それでも石川医師は改革の手を緩めない。退院した患者用の通所リハビリや訪問リハビリの仕組みを立ち上げるなど、新たな試みを次々と実施。

「当時、そうした制度はありませんでしたから、全部、病院の持ち出しです。理事長は『道楽だ』と呆れていましたが、それらが全部、制度として国から認められるようになり、最終的に『近森のリハは素晴らしい』という評価もついて、健全経営の病院になりました」

石川医師のリハビリは多忙だ。リハビリ科の医師、理学療法士、作業療法士、管理栄養士、医療ソーシャルワーカーなどの他業種が強力なチームを組み、365日24時間のサポート体制のもと、食事、排せつ、更衣、入浴など、日常生活全般をリハビリと捉えた訓練が、訓練室以外でも続く。「病み上がりだから、ゆっくり休養」的な入院のイメージとは真逆。脳梗塞や心筋梗塞で倒れ、一命を取り留めたばかりの患者であっても、病状が許す限り、リハビリ漬けとなる。
リハビリは自立支援。自分のことは自分でできるようになっていただきます。できないことは手伝いますが、寝かせきりにはさせない

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