日本に本当の精神科救急は存在するのか?【救急医療の変革5】

Opinion

2018.03.02 Fri.  木原洋美

3.11精神科医は被災地へ飛んだ

「日本の精神科救急は救急じゃない。システムが形骸化しています」

残念そうに語るのは、埼玉医科大学総合医療センター高度救命救急センター救急科の医師・久村正樹氏だ。

もともと精神科医だった久村氏は、2006年に北里大学救命救急センターに精神科の指導医として赴任した際、「精神科に対する偏⾒をとるには、⾃分が救急をで きるようになればいいのではないか」と思い立つ。救急科専門医の資格を獲り、以後、市中病院、大学病院の救命救急センターで救急医、精神科医として勤務。
(ちなみに、精神科の専門医が救急科の専門医も取得するケースはめずらしい)

現在は、埼玉医科大学の救急科に勤務する。救急一般診療を行いつつ、自傷行為患者の傷を縫いながら精神科の診察を行い、必要であれば緊急措置入院までの道筋も立てる、多忙な身の上だ。

そんな久村氏について、2012年3月、新聞やインターネットのニュースサイトに次のような記事が流れた。

東日本大震災の被災地の医療を長期的に支援しようと、関東労災病院(神奈川県川崎市中原区)精神科部長で医師の久村正樹さん(41)が3月末で現在の職を辞め、福島県に移住する。

4月から同県立医大(福島市)の災害医療支援講座に所属し、県内の病院で精神科や救急医療を担当する予定だ。「被災地医療の再生を手伝いたい。自分の姿を通して被災地にかかわる人が増えれば」と意気込む。

これより1年前の3月19日、東日本大震災の惨状に胸を痛めていた久村氏は「被災地に入る精神科医が必要」との要請に応じ、飛行機とタクシーを乗り継いで、東北大学病院(宮城県)に向かう。さらに翌日には気仙沼市の市立病院に入り、診療を開始した。

素晴らしいフットワーク、そして情熱だが、それから3年、宮城県と福島県での精神科医療に尽力した彼は、大きな疑問と問題意識を抱えて帰京するに至る。

一体なにがあったのか。被災地で彼は、どう動き、考えたのか。そして今、なにを想うのか。「被災地編」と「平常時編」に分けて紹介する。

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